2004年09月13日

巽のワクワクアルバイト日誌・一日目

 今日はイシカワさんに誘われた泊まり込みのゴルフ場のアルバイトの日です。


 正確に言うと仕事は明日からなのですが、五時半という早朝からなので前日である今日から宿にはいるのです。3時半に大学のホールで待ち合わせです。僕が少し早めに行くと、今日試験があったイシカワさんはもう来ていました。話を聞くと試験は早かったので図書館で睡眠をとっていたそうです。図書館で睡眠連続記録をまた更新してしまったととてもうれしそうに語っていたので、なんだか僕までうれしくなってしまいました。
 ちなみにそのときイシカワさんはタイムトラベルの哲学という本を読んでいました。あとでチョット読ませていただいたのですが、なんだか不愉快な物言いの本だったので不愉快になりました。でもそれをイシカワさんに言うとすごくいやあな顔をするので、しかたがないので意外と筋肉のあるコバヤシ君に愚痴愚痴云ったら、いやあ僕一応東大生なんだけど哲学ってばかばかしいよねといっていたので、ウムそれもまたよしイエス。
 ちなみに僕が来ていた時点ではコバヤシ君はなんと来ていなかったのです。僕思うのですが、待ち合わせに僕より遅く来るのって正直どうかと思います。ほぼ絶対遅刻していますよ、そいつ。でもコバヤシ君は遅刻したわけではなかったようなので、僕より遅くきたのに遅刻しないなんてさすがコバヤシ君だなあと思いました。
 一緒にアルバイトに行く3人がそろったので僕たちは上野駅に徒歩で向かいました。バスだとすぐなのにどうして徒歩かというと、インテリなのに肉体労働系のアルバイトに身をやつさなければならないほど、僕たちにはお金がなかったからです。でもバスに乗らなくてもすぐなので、歩いていって良かったなと思います。
 昔出稼ぎに来た東北の田舎者が東京に降りるときに使ったと聞く上野駅に来た僕たちは交通費を節約するためにとっておいた学割をつかって、烏山というドレットノード級の田舎駅までのチケットを緑の窓口で購入しました。なぜならば、正規の特急料金で交通費が出るので、学割プラス鈍行で差額をもうけようという節約旅行に慣れたイシカワさんの素晴らしいアイデアに僕とコバヤシ君も賛同したからです。
 僕たちは宇都宮線といういかにも地方に向かってのびていそうな名前の路線の鈍行に乗り込んで、ガタンゴトンと北に向かって走り出しました。時間は四時ウン十分。夏も過ぎたこの季節、太陽はもう沈もうとする兆候を見せかける寸前でした。
 東京から地方に向かう田舎者ですし詰めになった電車で、幸い僕たちは対面になった席を確保することが出来ました。しかし僕たちは3人なので、残った一つの席におじさんが座ってきます。僕たちはあまり気まずい話も出来ないので、最高学府に所属するインテリらしい、痴的な会話をすることによってインテリ臭を醸し出すことに挑戦しました。僕はとてもインテリ臭のする難しい単語をてにをはを用いて会話しながら、窓の外を眺めていました。
 僕は東京札幌間をよく行き来しますが、電車などという確かに地に足はついていますが科学技術の発達に必ずしも追いついているとは言い難い旧態然とした乗り物ではなく、物理の成果の結晶である飛行機にのって行き来するので、電車の窓から見える時々刻々と変わっていく風景はたしかに興味深いものがありました。電車で旅行するのが好きな人の気持ちが少しわかります。
 今日僕がずっとそとをみていると、東京のいかにも洗練された都会の風景は、少しずついかにも郊外な風景にとって変わられていきました。気がついたらそこは埼玉です。さいたま市が県庁所在地の埼玉県です。そしてなおも見続けていると、だんだんと家がなくなり、そこは畑や、森に取って代わられて行きます。畑や森の中にぽつぽつと家があるところと、いかにも寂れてそうな地方都市がサンドイッチされて次々と過ぎていきます。そしてだんだんと地方都市に当たる回数も減っていき、畑や森や山の間に家がぽつぽつとあるのばかりになっていきます。
 そのとき僕は思いました。ああ、都会で落ちぶれて田舎に引き下がっていく、かつて栄華を誇った者の時の気分はどんなものだったのだろうと。だんだんと景色が田舎になっていくのをみて、どう思ったのだろうと。そして僕は都落ちの気分を少しだけ味わうことが出来ました。少し、得した気分になりました。
 そして栃木に入ると、そこは完全無比の疵のない田舎となりました。ああ、いかにも日本の田舎だなあという田舎でした。三百六十度どこからみても田舎でした。ステラジアンなかんじでどこからみても田舎でした。でも僕がそれを神奈川県在住のお二人に云うと、横浜があるというだけで東京に次いで偉いと思っている、調子こいた神奈川県民らしく、お二人はいかにも人を見下したような嘲笑を浮かべて、「「え、なに、君北海道に住んでたんでしょう? 外地の人間が何云ってるの?」」とまるで打ち合わせでもしたかのようにハモってきました。
 北海道を愛してやまない僕としては非常にカチン! ときたのですが、心の広い人間の出来た僕はあたりさわりのない返答を返して、その場を平穏な空気に戻しました。しかし北海道に関する知識が多少でもある人ならわかると思いますが、本州の田舎と北海道の田舎は全く違います。ああちなみに今のところの私の地元である札幌のついては、はっきり言って都会です。日本で五本の指にはいるか入らないか、ぐらいの都会です。
 まあ、それはいいでしょう。本題は北海道の田舎です。北海道の田舎といえばどのようなのを想像しますか。青い空の下何処までも広大な緑の草地、草をはむ牛、草原を駆ける馬の親子、なんかいかにも酪農な建物、牛舎の中では乳搾り、ああ北海道の牛乳のみたい。あるいは冬。見渡す限り一面の銀世界。夜街灯に雪が照らされて美しいんですよ! 毎年ホワイトクリスマスですよ。なんかこういう描写って難しいですね。ルールールールールー。北の国からのようななんというか。
 そう、そこにはロマンがあります。
確かに北海道は外地といえるでしょう。でも、だからこそ、そこには本土の人間があこがれてやまないロマンがあるのです。一度ぐらいは栃木に行ってみたい。等と思う人がどれだけいるでしょうか。もしいたとしたら、彼は餃子が好きなのでしょう。他に理由は思いつきません。
 だけども北海道に一度は行ってみたいという人は、いや、北海道の地を踏んだことのない人は誰しもそう思うでしょう。そんなことねえよ、という人はチョット自分の胸に手を当てて下さい。そしてさまざまなメディアによって得られた北海道のイメージを牛のように反芻して下さい。さあ、もう一度聞きます、北海道に一度は行ってみたいですね?
 ハイと答えた方、正直ですね。いいえと答えた方。嘘つきは泥棒の始まりです。
 総括すると、北海道の田舎には人を引きつけるイメージがあり、栃木の田舎には別にないということです。でもだからこそ、ああいかにも田舎だなあ、と北海道出身の僕は新鮮に思ったわけですよ。そういうことをふまえたあげく、茅ヶ崎とかで粋がっている神奈川県の人たちに再考を願いたいわけです。正直僕は茅ヶ崎とか行きたくありません。
 サテ、列車は僕のそういう思考をものともせずに突き進みます。そういえば書き忘れたのですが、大宮を過ぎたあたりから、乗客はだんだんと減っていきました。で、僕たちの対面席は僕たちだけになったのです。そこで僕たちはインテリの仮面をはいで、オタクの素顔をあらわにして、この前この3人ともう一人の方と一緒につくった同人誌などをとりだして、読んでいました。
 そうすると、イシカワさんがなんだかファイルを取り出して、画像を見せながら、八月のロマンスについて熱く語り出したので、僕は感心してしまい、フムフムと思わず声を出してしまいました。コバヤシは寝たふりをしていました。イシカワさんの体験した八月のロマンスはじつはサイエンスフィクションな感じだったそうです。サイエンスフィクションが三度のご飯より好きだけど空腹よりかは嫌いな僕としては、心の羅針盤がぐるぐる回ったのですが、なんだか恥ずかしいので黙っていました。コバヤシは寝たふりをやめました。
 僕たちがイシカワさんの八月のロマンスについて語り合っていると、電車はいつしか宇都宮に到着しました。いつも思うのですが、宇都宮は鬱の宮と書きたいですよね。さてそこで僕たちはいかにも地方に向かう宇都宮線から乗り換えて、これぞ地方の路線だという感じの烏山線に乗り換えました。そしたら来た電車をみたらビックリ! なんと二両編成。しかも激しくエンジン音している。ああ、しかし二両なんて、二両なんて初めてかも。そう思ったのですが昔の地元の能勢電は二両だったのかもしれません。でもディーゼルではなかったと思います。
 そのような田舎の列車に乗って僕たちは一時間かけて遙々烏山に向かいました。列車の中で乗客を観察していると、田舎ものの他に僕たちと同じにおいのする人たち、おそらくバイトの連中だなという人たちが結構いました。その中でもなんか声が大きい金城武に似ているんじゃないか、と問われればそうでもないだろう、と答えざるを得ない人と、髪が重力に著しく挑戦している人が二人関西弁を喋っていて非常に耳障りでした。
 さて、僕たちが烏山駅に到着して、駅の外に出てみると、そこはいかにも何もない駅でした。終点駅なのに、さすがは田舎だなと、又感動を新たにしながらホテル行きのバスを待っていると、なんかそれっぽい人たちが待合室にいっぱいいました。僕もそこで待っていると、その人たちの何人かが煙草を吸い始めたので、煙草の煙ですぐ気分が悪くなる僕は、ああいやだなあとあまり深く考えず、その場を離れ遠くで待っていました。もし僕がこのようにのんびりとした温厚な性格ではなく、冷静に先を見通せたのなら、このバイト中に何が待っているかわかったのかもしれません。
 そしてバスに乗り、僕たちはホテルに行きました。
 ホテルはなかなか綺麗で高そうなのでした。僕たちはロビーに集められ、部屋分けをされました。僕はみんな同じ部屋にしてもらえるのだろうなと思っていたのですが、なぜかコバヤシ君だけ別の部屋に振り分けられました。キット雇い主はコバヤシ君を一緒の部屋にしてもコバヤシ君だけハブられるに違いないと考えて、それならいっそ最初から別の部屋にしてあげようと思ったに違いありません。気を利かせてくれるのはうれしいのですが、よけいなお世話です。
 そして僕とイシカワさんの部屋には、電車の時にああうざそうだなあと思った関西系のチャラい、絶対に僕たちとは相容れることのない、つまり類は友を呼ぶ理論を用いれば、友達になることは有り得ないあの二人組と同室になってしまいました。ああ、ああ、なんということだろう、と僕は悲嘆にくれてしまいました。あいつらは夜遅くまで起きて僕らが寝るのを邪魔したり、鬱陶しい会話を大声で、しかも関西弁で続けるのだろうと思うと暗澹たる気分になってしまいました。
 そして不安は的中しました。
 僕らが飯を食い、お風呂に入って部屋に戻ってくると、なんか臭いがするんですよ。悪臭です。僕のもっとも嫌う臭いです。
 煙草の臭いです。
 信じられますか? 彼らは全く知らない人間と同室になったのに、僕たちに断りもせずに部屋の中で煙草を吸っているのですよ。前々から思っていたのですが、喫煙者には人間性に疵がある人が多いような気がします。しかもその上関西人。関西人で喫煙者となればモラルという言葉を期待する方が間違っていたのかもしれません。
 仕方がないから僕は座高の高い腰を低くしてすみませんけど、僕は煙草がダメなので部屋で吸わないで下さい、と頼んだのです。丁寧至極で。ああ、わかりました、と彼らは云い、僕もああわかってくれたのだなと喜んだのです。ああ、関西人の喫煙者に対して僕は何を期待していたのでしょう。
 僕はぬか喜びのまま布団に入り、耳栓をし、睡眠体制に突入しました。
 そして慣れぬ枕でやっと寝付いた頃、ふと目が覚めてしまいました。僕はトイレに行きたくなったのかなと思い、トイレに用を足しに云ったのですが、なんと、ヤツは、関西人の喫煙者は、部屋で煙草を吸ってくれるなと頼んでいたのにもかかわらず、煙草を飲んでいやがったのです。
 最初に殺意が生まれたのはこのときだったのかもしれません。しかし僕も半分寝ぼけていたので、何も言わず、用を足すとまた布団に潜り眠りの体制に入りました。しかし眠れません。煙で頭が痛くて寝付けません。そのころにはカス野郎も煙草を消していたのですが残留煙により僕の健康は激しく害されます。煙草をもう吸っていないのに文句云うのもなになので黙って布団の中でムカムカムカムカしているとさらに興奮して眠れません。
 そうすると奴らがいかにも知能の低い連中らしく、真夜中に連れ立って何処かへ行ってしまいました。そこで僕は彼らのいやがっていた冷房をつけて最大換気全開大作戦に着手しました。冷房は大全開。ものすごい勢いで部屋を冷却します。ちょっと有り得ないぐらい冷却します。寒すぎ。でも僕には煙草の臭いの法が終わっているのでがまん、がまん、ああ、このままだと寝られそう。
 とか思っていると、あの二人組が帰ってきました。
 うわぁ、さむぃわあ。などと狂ったイントネーションで叫ぶとなんか冷房を切り出しました。おいおい、手前が煙草を吸いやがるから、仕方がなくつけたんだよ、と思いながらも、争いごとを好まない平和主義の僕はまたまた腰を低くして、アレルギーで煙草の煙がダメなので換気のためにつけているので電源を入れておいて下さいと頼んだんですよ。したら、そらぁたいへんやなぁとか頭の悪そうな事を言って納得してくれたと思ったのですが、思ったのですが、僕はあのような連中に善という言葉が存在していないことを忘れていました。奴らは僕が気持ちよく寝ようとしているところをたたき起こし、ふざけたことを言い出しました。詳しいことを思い返すと今でもムカムカするので書きませんが、ようはここは煙草を吸って良いところなんだから俺が煙草を吸うのは普通だ。煙草がダメならそっちが気を遣うべきだ。とかそういうことを言い出しました。僕は夜遅いしただでさえ頭が働かない上にもう呆気にとられたせいではあ、とかなんとかまともな反論が出来なかったのですが、あとで布団に入ったあともう腹が立って腹が立って、なんで僕がそんなことを云われなきゃならんのだよという至極まっとうな怒りの元、喫煙者を殺したくて殺したくてもう仕方がありませんでした。北海道大学にすんでいるカラスの如く、怒りが心頭しすぎて、否むしろ昔から思っていたのですが。もう世界中全ての喫煙者がにくくてにくくて喫煙者死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね否むしろ殺す殺す殺す殺す死ね死ね死ね死ね死ね死ね。そうだ、喫煙者を殺すなら腹一杯煙草を食わせて殺すのが良い。その前に金属の棒で全身の骨が粉々になるまで殴りたいなあ。そうだ、どうせなら煙草をオイルに混ぜて飲ませた方がいいなあ。最期に火をつけてあげるといってマッチを口に投げ込んだらよく燃えるかなあ。
 結局朝まで一睡も出来ませんでした。