2006年10月29日

日記

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最近は、まあなんか色々してます。
色々と言うほどでもないか。
いつも+ぐらい?

□絶対やらなければいけないことと、なるべくやった方がいいんじゃない? と疑問符がつくことと、日々のやることをやっているぐらいです。
圧力釜をいただいたので最近は割と自炊しているんですが、もの凄く便利ですね。少なくとも 僕が 自分から自炊するか、とか思えるほどに。とりあえずタマネギと肉入れて、塩だけで味付けしてタマネギスープだー、とか言って食ってたりします。意外と美味い。でも春菊入れたら全然あわなかった。何でもかんでも入れるもんじゃないっすね。
それはいいんだけど、スパゲッティとかゆでた後に急冷するんだけど、ふたに蓋に水かけたら、キュオオオオとか音たてたあとボムって音たててパッキンの隙間から蒸気が抜けるので、超ビビリの僕としてはこれはビビらざるを得ないだろうと思う次第です。
何アレ? 仕様? とか思ったんだけど、なるときとならないときがあるので、使い方が悪いんかなあとも思う。説明書とか本とかネットとか見ても特にやり方に問題があるとも思えないけど。最初の頃カレールーつっこんだ後に圧力かけたのとかいけなかったのかなあ。一応掃除したけど。
教訓:説明書は最初に読もう。

□神保町の古本まつりにきちんと行こうかと思っていたけど、初日の金曜日に研究室への行きがけに青空市を一通り見て幾つか本を買って人の多さに辟易して、結局土日は行かなかった。ブックフェスティバルは行けば良かったなあ。でも人多いんだろうなあ。まー読める量以上に買ったもしょうがないしなあ。片付かないのもイヤだし。

□あ、漫画書いてます。一応提出するつもりです。12p予定。↑みたいな女が活躍する話。前のティアで表紙の引きは良かったけど中見て戻す人が殆どだったので、やっぱ受けるためには女が出てくるコマの割合を増やさなきゃー増やさなきゃーと思ったのでした。どうこの向上心!?
ダラダラと、いつも通りなんだかよくわからないところになんだかよくわからない時間が掛かってます。
そういえばペン入れをしていたらインク壺を倒して机の上がもの悲しい状態になったのですが、ソレはともかく定期圏にある画材屋にいつも買っているインクがなかったので別のを買ったんですが、壺の口もでかいし使い勝手いいなあと思っていたら、スゴイ勢いでペン先が開く開く間にインクが固まって、即座に細い線が引けなくなるので切れそうになった。耐水性に優れるにもほどがある。
で、わざわざ新宿の世界堂でいつものインクを購入して平和な気分になったついでに、書店に行って漫画の新刊を買おうと思ったんですが、自分で探して全然見つからないあげく店員さんに尋ねても見つからなかったんですが、他のコミック担当っぽい店員さんが来てくれたら一瞬で見つかった。というか散々見たはずのコミック新刊の平台の上にあった。その前でずっとずーっと立ち止まったままおしゃべりしていたカップルが邪魔だったという話です。おしゃべりは喫茶店あたりで。
というわけでちょっと店員さんに申し訳ない気分になったので、たまたま見つけた雑誌の付録の入れ間違いを一応伝えておいた。担当の人怒られるのかなあ。
放置した方が良かったかなあ。

□という感じで。最近本の感想と絵しかなかったのですが、一応生活してます。

2006年10月25日

最近読んだ本

□ロバート・F・ヤング「ジョナサンと宇宙クジラ」
SF短編集。
表題作は有名なので名前はずいぶん前から知っていたけど読んだことはなかったのですが、新装版が出たのを機会に読んでみました。収録されている作品は大体人や土地や過去への愛情とか郷愁をテーマに、SF的な味付けをした作品でした。グレッグ・イーガンがアイデンティティを多くの作品のメインテーマに置くようなものでしょうか。
「いかなる海の洞に」や、「リトル・ドッグ・ゴーン」、「サンタ条項」や表題作などは印象に残りましたが、どうも対象年齢層がずれているような気もしました。
もう何十年か後に読みたい作品。

全然関係ないけど、SFを読んでいると、原書で読めたらなあと、時々思います。いや、頑張れば読めるんだろうけど、実際に読み始めると面倒くせー! それなら訳書を読むぜ! と言う気分になり読むのを止めてしまんですよね。
SFだけでも訳書や日本人作家の本が読み切れないほどあるし、ジャンルを限定しなければいくらでもあるわけで。訳書はイヤ、原書で読むって人は結構いるんでしょうし、そこまで好きではないと言えばそうなのかも。まあ、共著だと思えばそんなに気になるものでもないとは思いますが。

□新城カズマ「ライトノベル「超」入門」
「蓬莱学園」シリーズや、最近では「サマー・タイム・トラベラー」の作者であり、現役のライトノベル作家である新城カズマが、ライトノベルと呼ばれるものはそもそもいったい何なのか、と言うことについて述べた本です。
niftyサーブにおいてどうやって「ライトノベル」という名称がつけられるに至ったか、から始まり、ライトノベルの特徴と呼ばれる事の多い、アニメ的なイラストがどうやって始まったかや、その意義と絵柄などの変遷。もう一つの際だった特徴であるキャラクターという考え方と、やはりその意味、特徴的なキャラクターの類型の紹介という感じで続き、最後にライトノベルが所謂ジャンルではなく手法に近いものであり、それはある程度普遍的に存在するものである、という感じでライトノベルを概説しています。
作家がどういう風に考えているか、と言うのがわかり興味深かったです。いやまあ読者の側からすれば面白そうなら読めばいいんですが。

□ロバート・アーリニック「トンデモ科学の見破り方」
あ、この人もロバートだ。
内容は題名通り。「宇宙の始まりはビッグバンは間違い」や、「銃を普及させれば犯罪率は低下する」、「エイズの原因はHIVではない」等、ある程度有名でトンデモと呼ばれることの多い説を例に、トンデモ科学をどう見分けるか、と言うことを解説している本。
とりあえず僕の呼んだ限りでは、まず反証不可能な理論、パラメータが多すぎる理論などは怪しむべきであり、また証拠の妥当性にも気をつけよう、と言うのがポイントかなあという感じです。特に統計データは取り上げ方によっては全く正反対の事実を示すことが出来るので、慎重に扱わなければならないというのはかなり大事だと思います。相関関係があるように見えても、それは因果関係があるわけではないし、そもそもその相関関係自体が恣意的に作られたものである事も多いという話です。
有名な話ですが、少年犯罪が増加しているという事実が統計データから捏造されている例もあります。そういうデータを元にマスコミや本やネットで知った顔で語る人もいて、それが一般に流布してしまうことも多いんでしょう。
人から聞いたアイデアですが、統計データを扱うのは資格制にして、マスコミなどで統計データを出すときはそのデータを作った人間を公表しなければならないとすると少しはましになるのかなあと思います。
ソレはソレでまた別の問題が出るのかも知れませんが。

他にも色々書かれていて、パラダイムシフトをもたらすような理論では、常識に従うわけではないので常識を基準にするなとか。「証拠がないことは、ないことの証拠ではない」とか。「オッカムの剃刀」も常識の一側面と見なせるとか。色々興味深い話は多いかったです。

トンデモ理論とそうでないものの違いについての一つの指標を与えてくれるなかなかいい本でした。

最近読んだ漫画

□のだめカンタービレ16巻
面白さの安定感は変わらず。逆に言えば予想以上に面白いわけでもない。でも不思議と飽きがこないのは、さすが。千秋やのだめに与えられる課題と、その解決のサイクルが適度で読んでいて非常に心地いい。悩まないわけでもなく、悩みすぎるわけでもなく。苦しみ、努力で乗り切り、そのたびに一つ上の舞台に立つ。周辺人物のソレも絡めながら、不必要にブレることのないそのさじ加減の上手さは職人芸。続刊も楽しみ。
ドラマもそこそこ評判もいいようだし、その効果かAMAZONや書店員のブログを見ると期間の売り上げもスゴイことになっているよう。そのうちアニメにもなるんだろうなあ。

□シグルイ7巻
もう、何が何だか……。
いろんなものを肉付けしすぎたあげく、よくわからん状態になっている気がする。せめて五巻ぐらいで終わっていたらなあ。

□ベルセルク31巻
表紙のガッツがちょっとバットマンに似ていて面白い。魔法とかの描写は圧巻。
話の主要なプレーヤーが多すぎてか、なかなか進まないのだけが不満。トロールと戦っていたあたりの時とか、旅の目的を忘れてました。

□ハチミツとクローバー7、9、10巻
8巻を読んでいないのは借りた方が持っていなかったから。
うーん。
や、面白いんだけど、コレを素直に楽しんでしまったら負けだ! 見たいな空気を(勝手に)感じ取ってしまうので、結局素直には楽しめなかった。面白いんだけどさ。
この漫画、ってキャラクターと関係があり、その時々に適当に状況を設定して話を作るという感じで、一つの通った話があるわけではなく、実質九巻まで殆ど状況が変化してない。ソレはソレで問題ないんだけど、結局キャラクターにある程度没入出来ないと楽しめない。
そして感情移入とかを全力で拒否するような仕掛けがあちらこちらに配置され、なんだかんだでさめてしまうので、結局真っ当には楽しめないんですよね。
単に僕の問題なんですけどね。とはいえ、こういった多くの人に賞賛されるし、実際面白いと思える作品を素直に楽しめなのは残念ではある。

2006年10月18日

ゴシックロリータ

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と言っていいものか。
ほんとフリルとか描くの楽しいっすよ、といった趣旨に類似していると言うのは困難とはいえ、だいたいそう、と言われればそんな感じの発言を受けて、ゴスロリ服っぽいのをネットで適当に探して描いてみたら、下書の段階でもうほんと面倒で辟易してしまったのですが、ペン入れをしてるとなんかこう達成感があって、なるほど楽しいと言えば楽しいかも知れないと思ったけど、色塗りで領域指定とかが非常に面倒でやっぱりちょっと大変だった。
ゴスロリっぽくするなら髪とかも書き込んだ方がいいんだろうなあとは思ったんだけど、結局いつも通り。参考にした写真が大して解像度が高くなかったので、細かい部分は的と言うというか、どうしていいかわからなかったので、適当なんですが、それはどうしていいかわからなかっただけであって、手を抜こうと思ったわけではないという言い訳。
細かい部分は下書段階ではあたりぐらいの感じで描いて、ペン入れの時に細かく書き込めばいいのかなあとは思ったのだけど、それをするにはフリルとかのタッチを把握しておかないといけないんだよなあ。
という感じです。

右手で持っているのはベースのケースです。

ヴァーナー・ヴィンジ「遠き神々の炎」

宇宙といえばSFの中でもっとも良く取り上げられる題材であり、スペースオペラなどSFの中で重要なサブジャンルを形成しているですが、作品数が多いために話の面白さとは別の面白さというか、目新しさのあるものはそうは多くないような気がします。ハードSFなど最新の宇宙論など科学の進展を取り込んでいるものはさておいても、純粋に変なアイデアで勝負するものでは、おおスゴイとなかなか思えないものです。
また「変」に行き過ぎてもダメですし(バリントン・J・ベイリーの幾つかの作品は個人的にはそんな感じ)、その辺のバランスを取りながら目新しさを出すのは大変なのでしょう。まあ読む側の問題というのも大きいのですが……。
何が言いたいかというと、この「遠き神々の炎」がそれを達成している上に、話も面白いという素晴らしい作品だということです。なーんか宇宙っぽいSFも飽きてきたなあとか思っているときに読むと、そういう手があったのか! という感じで楽しめるんじゃないでしょうか。

忘れられてた古代のアーカイブを発掘していた人類は強大な情報意識体を呼び出してしまう。情報意識体は想像を超えた力で銀河の無数の星系文明を滅ぼす。一方唯一の対抗策を持ってからくも脱出した人間は、未開の惑星に不時着する。そこには複数の個体が集まって一つの意識を作る犬に似た知的生物がいる世界だった。

という感じでこれだけ読むとかなり微妙な感じなのですが(だから勿体ないことに買ったけど読んでいなかった……)、かなり面白い。とにかく世界設定が面白い。
ハイペリオンシリーズのようにこの一作の中にいくつもの小説の題材が出来るぐらいの設定が詰め込まれているのですが、その中で重要になるのは、銀河の性質と鉄爪族世界の二つになります。どうでもいいんですが、アイデアの豊富さという意味ではハイペリオンの方が上だと思いますが、作品のまとまりの良さではコレの方が上だと思います。
一つめ、主人公たちが不時着した惑星にいる、群体で一つの意識を作る生物というのは、アイデアだけでも面白いのですが、とにかくそれについての描写が秀逸。群体生物側の視点も織り込みながら、それが外からどう見えるのか、あるいは当人たちはどういう思考をしているのかをかなり説得力のあるやり方で描写しています。また設定の作り込みもかなりのもので、個体を入れ替えたらどうなるか、それによって人格をどう操作するか、など群体であるからこその性質が話に深く関わっており、単なる面白いアイデアの異生物を出したと言うのにとどまっていません。
もう一つはこの世界の銀河の性質に関わる設定です。この世界では物質の密度に依って物理法則が変わるという世界になっています。密度の高いところ、すなわち銀河の中心方向に向かえば向かうほど情報の伝達速度は遅くなり、機械の性能は落ち、知的生物の思考も鈍くなります。そして銀河の中心部(ってもかなり広い範囲ですが)、「無思考深部」と呼ばれる領域に行くと最早知的生物は生まれなくなります。
一般的に文明は情報が高速を越えない「低速圏」で生まれ、「際涯圏」に偶然たどり着いたものが、銀河の文明ネットワークに参加し、やがて「超越界」に行き、超越化することで神仙になる、という道を辿ります。無論超越化しないものおり、そういった文明や、新たに際涯圏に来た文明など、が混じり合い、数万にも及ぶ星系文明が超光速通信で結ばれたネットワーク上で一つの巨大な銀河の文明を成している。物理法則が銀河の中心からの距離によって変わるという設定から、非常に規模の大きいダイナミックな宇宙が提示される、それがこの小説の大きな魅力です。
言うまでもなく、設定を良く生かした話も面白いのですが、それにもまして荒唐無稽のバランスの良さ、というのがこの作品を特別なものにしているのではないかなあと思います。

とにかく読んで良かった。

2006年10月15日

アニタ・キング

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「R.O.D -THE TV-」の紙姉妹末の妹。
R.O.Dは良い作品だなあ。OVA版もTV版も小説版も。
漫画版は……まあ。

2006年10月14日

テンプレート

テンプレートを更新してみましたがどうでしょう。個人的にはようやくあの品のない二カラムから脱出できて大満足です。コメントもトラックバックもその痕跡すら今やなく、コレでますますブログから遠ざかったような気もしますが、それはそれでいいことだと思います。

大体ブログなどの一般向けCMSでは、どうせ自動で生成できるから、みたいなノリで何でもかんでも載っけようとしているのが気にくわない。いや、気にくわなくなったのはテンプレートを変えようと思った参考になるサイト内のかなあと色々気にしながら見るようになってからなのですが。
見ているとホント二カラム三カラムで横にプロフィールやら最近のエントリやら最近のコメントやら最近のトラックバックやらリンクやらを全部詰め込んでいるようなものが多くて僕はどうかと思いました。
オーサリングソフトを使うにせよ、タグを書かないといけなかったことはなんだかんだで面倒くさいので、比較的シンプルなサイトが多かったような気がします。まあ、愛生会のサイトとかみたいに極端に振り切って無茶苦茶なサイトはあったことはありましたが……。一応書いておくと、愛生会はあのころのまま今でもありますが……。
世界って神秘だ。

最近は使い回しOKなテンプレート、結構おしゃれなテンプレートも世に充ち満ちて、それらを使った見目も良いサイトも増えて、それはそれでいいことだと思います。
しかし、どうにも不必要にゴチャゴチャしている事が多いと、そう思うんですよ。Blogで表示できる情報をあんまりペタペタと貼り付ける行為は、控えめに言って考えのあるやり方とも思えません。
いくら日記サイトとはいえ、というか日記サイトだからこそいらないものは表示しないことが大事だと思います。最近のエントリーなんかどう考えてもいらないですしね! 最近のコメントとかトラックバックとかはまだ必要性はわかりますが、表示するにしても何かもっとやりようはあるのではないかと思います。特にいいアイデアがあるわけではないのですが……。
ああいや、テンプレそのまま使っているならしょうがないんでしょうけど。

とまあ、そんなことをここ一週間ぐらい突然思い立ち、よーし、じゃあ作るテンプレートのテーマはシンプルだ! と思って久しぶりにHTMLやらCSSやらJavascriptやらをちまちまと書いて新しいテンプレートを作ってみました。
コメント? トラックバック? 美味いのそれというふうにBlog的な要素を削れるだけ削った男らしいシンプルテンプレートのつもりなのですが、外見だけ見てみたら、CMS使わずに毎回タグうちだけでも成立しそうなものになったんですが、それはそれでいいことだと思います。

検索とか、アーカイブのインデックスページとか付けたり、テンプレートの色とかも変えたりしたいなあとは思うのですが、とりあえず現状でアップしたのでいつになるかなと言う感じです。検索に関してはGoogleでSite:使えばいいしなあ、とか思ってしまうし。Javascriptのイベント関連は正直動作が今一納得できないし、弄るのが面倒くさいというのもあります。CSSもまあ。
CSSに関して言えば、かなり場当たり的にくんだので、色々問題もあるような気もするので、どうにかしたいなあと言うのはないわけではないです。Fontまわりとmargin、paddingあたりが特に。あとIEでロールオーバーが聞かないのは何でだろう。ハックしなきゃいけないのかなあとか思うけど、僕は基本Operaしか使わないので、問題ないのでいいや。

そんな感じです。

2006年10月13日

アリス・マーガトロイド

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クリストファー・プリースト 「魔法」

「逆転世界」がクソ面白かったので思わず脊髄反射で買って読んでしまいました。えーと発行順で言うと、「逆転世界」→「魔法」→「奇術師」ですね。プリーストが日本で注目されるようになったのが、僕もそうですが多分「奇術師」からで、「魔法」は一部の層に大好評ながらも一般層には受けなかったようです。


爆弾テロに巻き込まれて重傷を負った報道カメラマンのグレイは、事故以前一定期間の記憶を失っていた。保養所に入院してリハビリをする彼の元に、恋人だったという女性、スーザンが訪ねてきた。彼女との会話を通じて彼は失われていた期間の記憶を思い出していく。

そんなわけで、最初はリハビリ中の主人公とかつて恋人だったという女性との再会に始まり、失われた期間にあったというフランスでのスーザンとの出会いなど、ロマンス小説的な話が続くので、僕はもう怠くなって投げ出したいような気分になっていったのですが、そこはさすがというか、途中から場面が変わるごとにどんどん話に引き込まれていきました。
まあ、この小説に関して言えば、これ以上何を書いても読む楽しみを損なってしまうので書けません。ただ、「逆転世界」や「魔法」で見たようなテーマは「魔法」でも健在であり、むしろ2作品に比べてかなりテーマに純粋な小説だと思います。
作者にぶんぶん振り回されたあげく遠くに放り投げられる、ジャイアントスイングみたいな小説なので読み終わった後にどうしたらいいのかモヤモヤしたような気分になりますが、それもまたこの小説の魔法であり魅力であるので、間違ってもネットで調べたりするとその魅力は損なわれてしまいます。
読む人は存分にモヤモヤするといいと思います。

クリストファー・プリースト 「逆転世界」

「奇術師」で(僕のなかの)一世を風靡したプリーストの出世作のSF。一世を風靡した割には他の作品を読んでいなかったのは……なんでだっけ? まあなんか何か一冊買おうと本屋に行ったら目についたので買ってみました。
大当たり。

<地球市>という閉鎖都市で育った主人公が成人してギルドに入り、初めて都市の外に出てみた世界は、月も太陽も球ではなく、奇妙にゆがんだ世界だった。そして<地球市>もまた、奇妙な理由で年に36.5マイルずつ移動することを宿命づけられていた。ギルドで<地球市>を移動させる仕事に従事する主人公は、少しずつ世界の仕組みを学んでゆく。

という感じでちょっと都市と星を思わせる始まりなんですが、いや来た来ましたよ! 思っていたよりずっと凄い面白かったです。
何故都市は進まなければ行けないのか、なぜ太陽や月がいびつな形をしているのか。何故世界は逆転しているのか。といった設定も良くできていて面白いのですが、それより何より話し運びが上手すぎる。
主人公が都市を出るまで受けていた教育は、ほぼ現代地球のそれと同じであり、物語はじめでの状態は読者と変わりません。もし僕がそんな状況に遭遇したら驚くように、主人公も異様な世界に驚く。また、何故都市を移動させなければならないのかと言うことについて疑問を持つ。その疑問は簡単には解消されることはなく、長いギルドの見習い期間を通じて少しずつ溶けていく。しかし、疑問が一つ解けるごとに新たな疑問が、より大きな疑問が浮かび上がってきます。その疑問の提示の仕方がとにかく上手い。目の前に餌をぶら下げられて、ようやく食べられたと思ったらもうちょっと先にまた餌があり、という感じで意地汚い僕は鼻先を引きずられるように最後まで読んでしまいました。
何故都市を動かさなければならないか。最適線とは何か。過去に下るとは? そして過去で見るものとは? 未来では? そもそも世界は何故こんな形をしているのか?

なんか餌を全部食べたけど、ちょっと食い足りない、という感じはするけどこの語りの上手さは非常に素晴らしいものでした。

2006年10月09日

ちょっまっ……

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ちょっと言い訳を一つ、声を大にして言わせてもらいたい。

僕は別に根に持つタイプではない!!

と言うことを。
いやホント、ちょっと勘弁して欲しいわけです。。
なんか飲んでいたら君って根に持つよねー、って感じの事を言われたので、アッハッハー、まったご冗談を! 見たいなノリで返したら、アレですよアレ。周りの空気が静まりかえって、瞬間別の話題に変えられたのでちょっとねえ、僕もほら、困惑してしまったわけですよ。あれ? 冗談じゃなかったのちょっと待ってよ、という感じで。
やはりこう、何というの? いつまでもネチネチ腹立ったことを覚えている? といった、そんな何というかまるで陰険な人間みたいな僕の人物像が僕の属するコミュニティー内に蔓延したら、社会的な動物の僕としてはそれはそれで困ってしまうわけですよ。
とは言っても、その場の流れ的にそこでは言い訳できなかったので、これはむしろネットで書いて僕の根に持たなさを、世界に広く発信するべきではないか。いやしなければならないという、強い義務感を覚えたのです。真実は常に一つ、と言いますし。
言わせていただくと、僕は本当に根に持ったりなんかしないですよ。というか怒りが持続できない人間なので、非常に不愉快な気分になっても、攻撃的な態度で接し続けられでもしない限り、よほど怒りを保つ事なんて出来ません。本当、嘘じゃないって。
むしろ水に流すことに長けた感情の水洗人間のような内面をもつサッパリした人格を想定していただきたい。あんまり誤った、しかもマイナス方面な虚像を眼鏡にセットして見られても、僕としてはそんな色は! みたいな主張をしたくなるのは、心理学的に言ってむしろ自然な事だと思います。
いや、まあ。
まあ、確かに。確かにですよ。あるいは根に持つ人間と思われても仕方ないような言動をしているのはありますし、そういった誤解が蔓延するのもマア、仕方がないかなと言うにやぶさかではない心情を持つことを否定的に捉えるつもりは別にありません。それは僕のせいでもあるのでしょう。
でも……、と続くのは言い訳なんですが是非精読して、じっくり考えて結論を出して欲しいと思います。

でもやはり僕も人間なので、落ち込んでいたりネガティブな気分になっていたり、あるいは寝付けない夜のベッドのなかで、昔の腹の立ったことなどを思い返して悶々としたりはします。それはほら、誰だってある事じゃないですか。
とはいえそれはむしろ不快感を覚えた対象についてと言うよりも、状況に上手く対応できなかった自分についての怒りというか、恥ずかしさというのがメインであり、実際の対象と感情というのは既にある程度は隔絶されている、つまり思い出すのはむしろ自分の言動に対する云々、なわけですよ。
そういう不毛な回想を数ヶ月数年繰り返していると、ぽろっと外に出てしまうのはあります。それはほら、ベルヌーイ試行を繰り返せば、失敗する回数が0の可能性なんてそれこそ0に近づくのと同じ、なわけですよ。そこは僕の人間としての未熟さであり、僕のそういった態度を見た人は、むしろ師父のような厳しさを持ちながらも暖かい心で受け止めていただきたいとおもいます。
纏めれば、僕は基本的には水洗的な根に持たない人間であり、過去のなんかをポロッと口にしてしまうようなお茶目な所もあるけど、そこはむしろ僕の人間的な暖かみを感じさせる所であり、根に持つ、持たないとは概念的に隔絶した位置にあることは、ここまで読んだ人にはもはや自明であると確信しています。

そういえばタバコを吸う人への云々を未だに書いていることを、僕の根に持つことの証左としてあげられていたのですが、そこはほら、それこそ違うと言いたい。
ここを読んでいる人は僕の人となりを熟知しているでしょうし、ああいったエントリーを真に受ける人はいないと思います、があまり真に受けられすぎる場合もあるかも知れませんし、そういったときは非常に残念だなあと思います。
これも言い訳っちゃあ言い訳なんですが、前アルバイトをしたときに、冗談抜きで不快感を催す反吐が出るような喫煙者である人間にであったことがあり、ネットとかでタバコについての事を読んだりすると、ついその人間を思い出してしまいあんなものやこんなものを書いてしまうだけであり、そういった根に持つとかそういうこととは全く関係ありません。実際間違って書いちゃったものの殆どはアップなんかですし、それからも根になんか持たないことはわかるでしょう。
なので、読んで間違えて真に受けちゃった人は全然気にしないで、お茶目な僕を春の日差しのように朗らかに笑って受け入れていただければ、もうこれ以上何も言うことは、僕にはありません。

2006年10月06日

まる

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ブラシを多少いじったら大体思い通りのものになったので、ゼロからデジタルで描いてみた。こら楽しいわ。
パソ本体のスペックはさておき、モニタにしろタブレットにしろ結構なものを持っているんだから使わないと勿体ないなあ、と思わないでもない。

2006年10月04日

たそがれの国

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しかし色を塗っていると何を考えて引いたのかわからない線が結構出てくるから困る。
いや、厚塗りとかはしてないので大しては困らないけど。

■
もっと手間はかからなくても見映えあっぷなテクニックが知りたい。
けど調べるのはめんどい。まあいいや。

■
最近思い出せなかった単語、のうち今でも覚えているもの:
シドニィ・シェルダン、仮想空間計画、シリアルナンバー、エフィンジャー

■
良くわからん気候のせいで体調を崩している余寒がする。季節の変わり目などなくなってしまえ。読むつもりのなかった本をつい読んでしまった。やりたいこと(というかやるべき事)が全然進まない。イヤね。読んでなくても進まないけど。

ねるべ。

2006年10月02日

10月は

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ひっさびさに色を塗った。
勝手がわからなくて困る。

色を塗るのは面倒なので、適当でそこそこ見映えをする方法はないかな。
今回のも手抜きが過ぎるしなあ。

■
「ストームブリンガー」マイクル・ムアコック

「闇の公子」に始まる平らな地球シリーズを最後にファンタジー小説を積極的に読むことはなくなってしまいました。いやまあ、今思い返せば積極的と言うほど数読んでいるわけでもないんだけど。
それで読まなくなった今思い返してみると、コレが俺にとってファンタジーだった! という感じで印象的な作品は幾つかあります。それはドラゴンランスだったり、平らな地球シリーズだったり、ロードス島戦記だったりするわけですが、その中でもとりわけ印象深いのはムアコックの「永遠の戦士」に関する作品群であり、特に言えばエルリッ・クサーガなわけです。
エルリック・サーガが強く印象に残っている理由は色々あります。単純に面白いと言うこともあるし、キャラクターが魅力的に感じられたこともあるし、「永遠の戦士」のなかでは一番最初に読んだために世界観が新鮮に映ったことなどもあるような気もしますが、やはり物語の最後、その終わり方による部分が大きいと思います。
それまでは大体大団円的な終わり方の小説を読むことが多かったため、エルリック・サーガのラストは、本当に衝撃でした。こんな話があっていいのか!? と。
その終わりは僕の趣味嗜好の一部分を決定づけた、ある意味では僕が読んできた小説のなかでも特別なものの一つだと思います。そのためか旧版を読まなくなってずいぶん経ってからでも、最後は(それなりに)鮮明に思い出せたものです。

というわけで新装版「ストームブリンガー」。内容は、旧版「黒き剣の呪い」から「タネローンを救うために…」を引いたものと旧版「ストームブリンガー」をあわせたものになっています。セレブ・カーナに復讐を果たし、ザロジニアに出会うことで、エルリックはようやく長年求めていた平穏を得る。しかし新王国では混沌と契約した魔術師と手を結んだザロスト王による周辺諸国への侵略戦争がおこり、世界は不穏な空気に包まれ始める。
そしてエルリックの運命もついにクライマックスに向かう。

クライマックスですよ。クライマックス。ようやっと得た平穏も長くはなく、因縁深いパン・タンの、神政官長ジャグリーン・ラーンと混沌の勢力によって世界は破局に向かい、エルリックも運命にしたがい、かつて使えていた混沌と対峙することになる。
地獄の公爵との戦い、混沌に飲み込まれた世界、法の神々と混沌の神々の戦い、ジャグリーン・ラーンとの決着、<天秤>、そしてストームブリンガー。

神々の戦い、世界の終末と創造、そしてハッピーエンドともバッドエンドとも言えない、物語を決定的に終わらせながらもそこに先を感じさせる最後、と思春期の僕には想像もつかなかったようなスケールの物語がそこにはありました。今の僕が読んでも、当たり前かも知れませんがあの頃のようには読めないと思います。おそらく僕が読むべき時に読めた、幸運な小説の一つなのでしょう。

勿論そういった僕のお思い入れをのぞいても面白いシリーズであることに間違いはありません。ファンタジー好きで読んでいない人はいないでしょうが、そうでない人でも多少なりとも興味あれば楽しめるのではないでしょうか。表紙もすっかり変わってなんか一般受けしそうなのになっているし、高いことに目をつぶれば手に取るのも悪くないですよ。

付け足し
「MICHAEL MOORCOCK'S ストームブリンガー」
というTRPGが出たようで、資料として買おうかとも思ったけど6000円オーバーはさすがに無理。表紙も「黒き剣の呪い」の使い回しだしなあ。

付け足し2
収録されなかった「オーベック伯の夢」「タネローンを救うために…」あたりは果たしてどこかで拾われるのだろうか。欧米では別冊の短編集に収録されているようだけど、刊行予定を見ている限りその様子もない。


■
「20世紀SF�� 1940年代 星ねずみ」短編集

最近からかは知らないけどSFに強い河出出版のSF短篇シリーズ。どうでもいいけど河出出版ってなんて読めばいいのか悩んでいたのですが、普通に「かわで」でいんですね。いや、本当にそのまんまでいいのかなあと言う疑いが。

で、20世紀SFという短編集のシリーズですが、十年代ごとに代表的な作者の代表的な短篇を選び、20世紀のSFを俯瞰しようという試みのシリーズのようです。この本はその一巻目、1940年代の代表的な短篇を集めたものです。
とりあえず作品を載せると以下の通り。

星ねずみ フレドリック・ブラウン
時の矢 アーサー・C.クラーク
AL76号失踪す アイザック・アシモフ
万華鏡 レイ・ブラッドベリ
鎮魂歌 ロバート・A.ハインライン
美女ありき C.L.ムーア
生きている家 ウィリアム・テン
消されし時を求めて A.E.ヴァン・ヴォークト
ベムがいっぱい エドモンド・ハミルトン
昨日は月曜日だった シオドア・スタージョン
現実創造 チャールズ・L.ハーネス

さすがに打つのが面倒なので、Amazonから取ってきました。どうでもいいけど、ヴァン・ヴォークトがヴァン・ヴォートになってた。
さすがのそうそうたるメンツです。といってもウィリアム・テンとチャールズ・L.ハーネスは寡聞にして読んだことないのですが。後者は名前も知らなかった。
また、10年間という長いスパンのなかから選んでいるので、収録作品も外れがありません。
ブラウン、クラーク、アシモフ、ブラッドベリ、ハミルトンといった割と読んでいる作家に関しては、面白いけど大体予想の範囲(というとちょっとアレですが)だったのですが、読んだことなかった作家や、ハインライン、スタージョンといった好きじゃなかった作家のも面白かったのは収穫でした。と言うわけでそのあたりとか雑感を適当に。

「星ねずみ」あーブラウンはやっぱり長編の方がいいなあ。
「万華鏡」の最後は009の地下帝国ヨミ編に影響与えたのかな。偶然というほうがありそうだけど。
「鎮魂歌」 割と叙情的? プラネテスとか好きなひとはいいかも。
「美女ありき」 サイバネティクスとかの先取りかな。技術より精神面が中心。ちょっとしつこいがなかなかいい。
「生きている家」 性質を容易に変える材料というのはコラプシウムにも出てきたなあ。これはそれほど理論的なバックグラウンドがあるわけでもないけど。恐怖小説より。
「消されし時を求めて」 やっぱり読みにくい…… 棚にあるが読むつもりのない「非Aの傀儡」はいつか読むときがくるのだろうか。
「昨日は月曜日だった」 この前読んだベスターの短編集にもちょっとに他味わいがあるが、ユーモアの味付けがこっちのほうが強い。
「現実創造」 科学におけるパラダイムシフトを逆手に取った作品。理論が観測に先行するという話。面白いが、最後がアレ? ってかんじだった。


作品も面白かったけど、解説も良かった。気にはなっていたけどきちんと調べることのなかったSF史が簡潔にまとまっていて読み応えのある解説だった。興味深かったのは、「サイエンス・フィクション」と言うジャンルというか呼称は、所謂パルプフィクションといった大衆娯楽的なものに対するアンチ・テーゼとして生まれたものであると言うこと。それ以前は「科学ロマンス」というジャンルで呼ばれていたらしい。今の視点から見ると両方一緒のように思えるけど。そういう意味では母体となったジャンルを食ってしまったとも言えるのかな。コレもある意味でのSFの浸透と拡散かな。
値段が高いことと表紙がちょっとアレなことを除けば良書で、シリーズ全巻是非そろえたいんですが、一冊千円ってのは今の僕には高いなあ。授業も始まるし、書籍部で買うか。