2006年10月18日

ヴァーナー・ヴィンジ「遠き神々の炎」

宇宙といえばSFの中でもっとも良く取り上げられる題材であり、スペースオペラなどSFの中で重要なサブジャンルを形成しているですが、作品数が多いために話の面白さとは別の面白さというか、目新しさのあるものはそうは多くないような気がします。ハードSFなど最新の宇宙論など科学の進展を取り込んでいるものはさておいても、純粋に変なアイデアで勝負するものでは、おおスゴイとなかなか思えないものです。
また「変」に行き過ぎてもダメですし(バリントン・J・ベイリーの幾つかの作品は個人的にはそんな感じ)、その辺のバランスを取りながら目新しさを出すのは大変なのでしょう。まあ読む側の問題というのも大きいのですが……。
何が言いたいかというと、この「遠き神々の炎」がそれを達成している上に、話も面白いという素晴らしい作品だということです。なーんか宇宙っぽいSFも飽きてきたなあとか思っているときに読むと、そういう手があったのか! という感じで楽しめるんじゃないでしょうか。

忘れられてた古代のアーカイブを発掘していた人類は強大な情報意識体を呼び出してしまう。情報意識体は想像を超えた力で銀河の無数の星系文明を滅ぼす。一方唯一の対抗策を持ってからくも脱出した人間は、未開の惑星に不時着する。そこには複数の個体が集まって一つの意識を作る犬に似た知的生物がいる世界だった。

という感じでこれだけ読むとかなり微妙な感じなのですが(だから勿体ないことに買ったけど読んでいなかった……)、かなり面白い。とにかく世界設定が面白い。
ハイペリオンシリーズのようにこの一作の中にいくつもの小説の題材が出来るぐらいの設定が詰め込まれているのですが、その中で重要になるのは、銀河の性質と鉄爪族世界の二つになります。どうでもいいんですが、アイデアの豊富さという意味ではハイペリオンの方が上だと思いますが、作品のまとまりの良さではコレの方が上だと思います。
一つめ、主人公たちが不時着した惑星にいる、群体で一つの意識を作る生物というのは、アイデアだけでも面白いのですが、とにかくそれについての描写が秀逸。群体生物側の視点も織り込みながら、それが外からどう見えるのか、あるいは当人たちはどういう思考をしているのかをかなり説得力のあるやり方で描写しています。また設定の作り込みもかなりのもので、個体を入れ替えたらどうなるか、それによって人格をどう操作するか、など群体であるからこその性質が話に深く関わっており、単なる面白いアイデアの異生物を出したと言うのにとどまっていません。
もう一つはこの世界の銀河の性質に関わる設定です。この世界では物質の密度に依って物理法則が変わるという世界になっています。密度の高いところ、すなわち銀河の中心方向に向かえば向かうほど情報の伝達速度は遅くなり、機械の性能は落ち、知的生物の思考も鈍くなります。そして銀河の中心部(ってもかなり広い範囲ですが)、「無思考深部」と呼ばれる領域に行くと最早知的生物は生まれなくなります。
一般的に文明は情報が高速を越えない「低速圏」で生まれ、「際涯圏」に偶然たどり着いたものが、銀河の文明ネットワークに参加し、やがて「超越界」に行き、超越化することで神仙になる、という道を辿ります。無論超越化しないものおり、そういった文明や、新たに際涯圏に来た文明など、が混じり合い、数万にも及ぶ星系文明が超光速通信で結ばれたネットワーク上で一つの巨大な銀河の文明を成している。物理法則が銀河の中心からの距離によって変わるという設定から、非常に規模の大きいダイナミックな宇宙が提示される、それがこの小説の大きな魅力です。
言うまでもなく、設定を良く生かした話も面白いのですが、それにもまして荒唐無稽のバランスの良さ、というのがこの作品を特別なものにしているのではないかなあと思います。

とにかく読んで良かった。