2009年08月31日

日記


土曜日に出がけに期日前投票をしたんですが、スタッフ多すぎて何となくゲンナリした。
ネット投票って出来ないのかなあ。


ニコニコの生放送を見てたら行きたくなったので、AmanoGlaxy行ってきました。ちなみにニコニコ生放送のライブペイントは一日はアレすぎました。二日目は割と面白かったけど、なんだろう、総括すると別に天野喜孝の動いているところや喋っているところを見るのは僕にとって面白くもないなあと言うところで落ち着いた。
あとコメントも出ている人も持ち上げまくりでちょっとつまらない。右に座っている関係者?も、こんなのを見るのは私も初めてです、貴重です、とかいいまくってて気持ちわるい。


AmanoGlaxyは1000円だし人もそれほど多くないというのでのんびり見られて良かったです。展示してあったのはアルミに自動車用塗料で絵を描いたcandypopや二つのビッグバンという絵群、あと超大型のNewyorkNight。
candypopはカワイイ絵。所謂カワイイ絵の文法に全く則っていない、一つ間違ったらグロテスクになってしまいそうなぐらいディテールが書かれているのにカワイイ。不思議。
二つのビッグバンは大型でディテールが描き込まれている絵と、それに付随する比較的シンプルな絵の作品群、日本画風味を出しつつわりとガッチャマン的な雰囲気を醸し出していて面白い。僕はcreationが好きです。
特にNewYorkNightがそうなんだけど、巨大な絵にすさまじいディテールが描き込まれているので、見ていると目が迷子になる。ふと気が付いたら細部に目を捕らわれて居る感じ。


展示会は面白かったけど、こう言うのを見ると小説の挿絵はもうあんまり書かないのかなあと思う。残念。そもそもライトノベルと子ども向けの小説以外で挿絵がある小説が殆ど無いというのが本当に寂しい。ライトノベルに天野喜孝の挿絵が載る可能性は低いし(覗く元ソノラマ)、子ども向きもなさそうだしなあ。

そもそも挿絵のある本は子ども向きと思われていそうなのがどうかと思う。


会場が表参道ヒルズだったので、生まれて三度目ぐらいの原宿に行ってきましたが、人が凄かった……。谷のようになっているところがあって、遠くまで見通せるんですが、人人人、お祭り勝手ぐらい人だった。
表参道ヒルズは現代建築らしく面白い構造だったんですが、とてもわかりにくかったです。もしかしたらバリアフリーという点では最高なのかも知れない。エレベーターを使わなくても全階ベビーカーを押してみて回れるし。
しかし高級店ばかりでお呼びでない感満点!

設計者は安藤忠雄だって。有名人ですね。
ぼくのなかの安藤忠雄のイメージはパンチラ盗撮できそうなコンクリート建築を造る人だった。遠近法を利用しただまし絵建築を作る人にアップデート!!


一年ぐらい悩んでいたのですが、スピーカーを買いました。
前使っていたTimedomain MINIはえ、これ3000円じゃないの? という外見にも負けず結構いい音でならしていたのですが、ボリュームがさびたのか何なのか知らないけど、音量を変えるとノイズがのり、しかも時々右側の音が出なくなると言うイヤンな状態になってしまったので、これはもう、換えるしかなかろうといいつつ一年ほどずっと悩んでいたのですが、ようやっと買い換えました。
新しいのは富士通テンのTD307PA IIです。タイムドメインのスピーカ自体は結構気に入っていたので、Timedomain miniよりいいのが欲しかったのですが、本家だとその上が30万円というちょっとないわー価格だったので、現実的なところで選びました。
ネットで情報を探しても価格.comのレビューが少しだけ見つかるだけで、殆どユーザの声が見えないということで、実際の所どうなんだろうという点と、三色あるけどどれ選ぼうという点と、やっぱり高いよなあという点が相まってためらっていたのですが、いや、良かった。
とりあえずの感想としては、クリアな音が出るなということと、定位が物凄くいいという点で、大体思っていたとおりTimedomain miniの強化版という印象です。響くような低音はやはり出ないんですが、もともとタイムドメインのスピーカー使っていたので気になりません。むしろよく出てるなあというぐらい。
昔1000円のスピーカーからBoseのMediamaintIIにかえたときは、聞こえなかったベースの音が聞こえるようになって感動したんですが、今回も前のスピーカーでは聞こえなかったような微妙な音が聞こえて、嬉しかったです。明らかにきこえる音の情報量が増えてます。
一方で全く味付けをしないスピーカーなので、結構ソースを選ぶようです。ゲームのサントラで打ち込みのヤツでは聞くに堪えなかったりします。一方でライブ音源などは臨場感があって非常に良かったです。
あと定位の良さは本当凄い。目の前の空間に音が広がっているみたい。スピーカの存在が消える、という売り文句も分かります。スピーカーからなっている気がしない。これで5.1chで聞いてみたら凄いんだろうなあ。あと10万ぐらい積めばいけるみたいだけど……。将来の夢にとっておこう。
エージングしないと音がショボイ!! とレビューしている人がいたので、これよりずっと音が良くなるのかと思うと楽しみです。ピンクノイズでエージングするといいという話を聞いたので、明日から会社に行っている間はピンクノイズをループ再生させようと思います。

安くはないし、ある意味とても癖のあるスピーカーなので人には薦められませんが、結構良い買い物したと思います。
前のスピーカは友達に押し貸し中。


アキバのヨドバシカメラで買ったんですが、店員さんにこれ買いますと言ってから実物が出てくるまで結構時間が掛かりました。あとレジでも読み取ったバーコードの情報が使えないとかで苦労していました。
このスピーカは所謂アクティブスピーカの売り場で売られていたんですが、そのあたりの売り場の商品で売れるメインはやっぱり一万円か、高くても二、三万円ぐらいでなかなかそれ以上の値段の物を買う人はいないようです。一方でちゃんとオーディオにお金をかける人は、こんな安い物を買わないという。というわけでこの中途半端な立ち位置にいるスピーカはアキヨドですら売れず、地下の倉庫にしまい込まれていたそうです。


大きな買い物をすれば少しは物欲が収まるかと思いきや、むしろタガが外れそう。細かい買い物については金遣いは明らかに荒くなっているし、危ないなあ。細かい物を締めて、大きな買い物をドカンとする、というのが一番満足度高いので、そういう風に移していきたいなあ。
次はブロードバンドルーターだなあ。実際的だけど。またケーブルのカオス度が上がるけど。


オーティオ+ブラインドテスト(or盲検法)とかで調べるとおもしろいなあ


というスピーカーを買った喜びを覆い隠すぐらい上橋菜穂子の「獣の奏者」が面白かった!! エリンの聡明さと純粋さと生き物への探求心と思いやりと、闘蛇や王獣の謎に満ちた生態、そしてそれらが国の行く末をかえていくダイナミックな展開などには、よみながら何度も震えた。
そしてなによりそれらの物語を支える世界の強固さが凄い。リョザ神王国がここではないどこかに確かに存在すると感じさせる。ファンタジーとしてこれ以上の物はなかなか読めないと思う。上橋菜穂子の小説は本当に面白い。
1、2巻を読めた今日は幸せだった。


選挙速報見てたら圧倒的すぎてなんかもう笑えてきた。


■僕の錯誤×2

数ヶ月前に毎日六時台に目が覚めて、しかもその後寝付けないという日々が続いてずいぶんしんどい思いをしたました。その時色々考えて、日が昇るのが早くなって六時台には明るくなっているのに家の安物のカーテンでは全然遮光できていないからまぶしくて目が覚めているに違いない、という仮説を立てました。そこで対策として、アイマスク(中山式の!)を買って寝たら、その日はなんと八時過ぎまで一度も起きることなくぐっすり眠れました。
でまあ、僕はそうかやっぱり仮説は正しくてまぶしくなったせいで目が覚めたのだなあ、と思いました。

そして最近、こうやって変なジンクスとか迷信とかニセ科学とか新興宗教とかが流行るのかなあと思いました。ようは、自分の仮説にあった一度の出来事で仮説が正しく、因果関係があると思い込んでしまうという点です。
実際はアイマスク付けるようになってからも六時台に目が覚めることはあったのですが、それは、アイマスクがずれたからだとか、バンドがきつすぎたからだとか、色々理由を付けはしたものの、明るくて目が覚めている、という仮説をなかなか疑おうとしませんでした。単純に部屋が熱くなったからかも知れないし、何かがうるさかったのかも知れません。しかし、なかなか仮説を疑いませんでした。

やっぱり初めてアイマスク付けた日に熟睡できたのは大きいですね。それは偶然だったのかも知れないけど、そうは思えなかった。人は因果関係を見いだしたがる生き物であるとは言うし、それが事前に持っていた考えにマッチした場合は特にだと言うことをとても痛感させられました。

というわけで、誰かに信念をすり込むには、事前に相手に仮説を吹き込む→その仮説を証明するような出来事を一度でも見せる。という流れはもしかしたらいいのではないかと思った。


というように自分の一度の出来事を一般化して人間を語るのはどうかなあと書きながら思いました。

2009年08月24日

コミティア

d090824.jpg


参加しました。
「電話サニタイザー」というコピー本を作ったら、奥付を盛大に間違えていました。今年は2009年ですね。去年の奥付を流用したのですが、直し忘れていました。そんなこともあります。
内容は仕事したくないというお話です。NE(ET)全開!
コミティアにいくと、なんかこう、もっといろんな人が読んでくれそうなのを描きたくなるんですが、家に帰って悩むとムリだなあという結論になる。
でも次は若い女の子が主人公の漫画を描きたいなあ。


帰るとなんかもう疲れ果てていた。


そういえばサマーウォーズの夏希は剣道部でした。物理部の後輩と面識があるのは、OZの操作を教えて貰っていたかららしい(小説より)。間違えちゃった! あとOZの管理パスワードは疑似乱数という話だった。
いや、え?
やっぱり意味わかんない。


「お茶にごす!」の草食系、肉食系の言葉の使い方は今流行っているのとは、ずれていると思うんだ……。


「エンジニアのためのWord再入門」

僕たち(?)はMS Wordをバカにしていた。僕たちはいたずらにTEXを賞賛し、WYSIWYGなワードプロセッサを、Wordや一太郎や、そういった類のソフトウェアを不当におとしめていた。
いや、それらの使い方を学ばずに、いらない苦労をしていたのかも知れない。
そもそも、会社に入るまでまともに触ったことが無く、触ったとしても精々がリッチテキストエディターとしてぐらいだったというのに、どうして正しくWordの善し悪しを判定できるというのか。
Wordもちゃんと学びスタイル等の諸機能を使いこなせるようになれば、キッチリ構造化した文書が作成できる。各段落にスタイルを登録し、書くスタイルごとに見映えを定義することで、全体として一貫した文書を作成することが出来る。
「使用しているスタイル」によく分からないものが散逸しているようなWord文書を作成する人に、Wordを貶す資格はないのかも知れない。


問題の一つは、MSが「普通ユーザはアプリケーションの使い方を積極的には学ばない」と仮定して、Wordをリッチテキストエディターでもあり構造化ドキュメントエディタでもあるマルチパラダイムなアプリケーションとして作ってしまっている点だと思う。
自分や周りを振り返ると、MSの仮定はとても妥当に思えるが、Wordのなかでその二つが機能として分かれず一体となっているため、なんだかよく分からないことになっている。気が付いたらスタイルに変更がかかっていたりする。文書の構造化と、見映えの定義が一体になっちゃってるせいか、どちらかの操作をやっているつもりが、別の方まで変更していたりする。結果なんだかしっちゃかめっちゃかな事になり、直すのに手間がかかったり。
もちろん、僕がまだまだ理解できていないから、というのはあると思う。Wordの分かりづらさを乗り越えるほど学んでいるわけではない。


とはいえやっぱりTEXにくらべてWordの機能はプアだなあと思う。アウトラインモードなどTEXに比べて書きやすいと言えば書きやすいが、どうしても分かりづらく、扱いづらい部分がある。著者が書いているように箇条書きをどうすればいいのかは難しい。しかし、箇条書きが難しいというのは、文書を構造化するというアプローチをとるアプリケーションからすれば、致命的というか、問題外だと思う。
WordとTEXのいいとこ取りとかあればいいけど。Lyxとか?


いくらWordに文句を言ったって、使えるアプリケーションが変わる可能性は低いし、互換性やユーザのことを考えれば、MSがかえられるのはWordのインタフェースぐらいだろう。
であるならWordのベターな使い方を学ぶ必要があるだろうし、それには書店にあるポルノめいた背表紙のTIPS集を読むよりは、著者の思想が一貫しているこの本は割といいのではないかと思う。


生のコンピュータはメモリとかレジスタとかI/Oとかあとは演算命令と比較命令とジャンプ命令だけがあって、人が何かするにも理解するにもは向いていない。だから凄い人たちが、高級言語とかBIOSとかOSとかアプリケーションとかを使って、訳の分からないコンピュータを僕らの理解できる形に抽象化してくれる。同時にそれらが取り扱う問題領域もコンピュータが取り扱えるように抽象化している。
それらの抽象化はした人の思想なり思考を反映している。僕たちがアプリケーションを使う場合、作成者がどういう風にアプリケーションが抽象化しているのかを理解して、アプリケーションを使うことになる。同じ文書を作成するという問題でもTEXとWordでは抽象化が異なる。同時に僕たちはアプリケーションが何を処理するために作られているかという目的を知らなければならない。同じように文字を打つ機能があるからといって、Wordでプログラミングする人はいない。
しかし、Excelでドキュメントを作る人はいる。


最近Excelというか表計算ソフトがどういう風に使うべきアプリケーションなのだかよく分からなくなった。まあ精々、色々なデータを計算したいナー。あとグラフが表示できたら嬉しいニャーぐらいい。
確かにExcelはマクロも組み合わせれば、何でも出来るんだけど、じゃあ、何でもExcelでやっていいかというと、あまりそれでは幸せになれないと思う。
データを扱うといっても、それらのデータは自身の持つデータの意味を情報として持っていない。人間がフィールド関数やマクロを組むときに気合いで頑張るしかない。一応名前は使えますが。複数の表を一つのシートで扱おうとすると、もう完全意味不明になる。
幾らファイルに複数のシートを持てるからといって、表ごとにちがうシートを作るというのはちょっと辛い。
いやでもそうするべきなのかな。
個人的には一タブに一シートスプレッドというのがあんまり気にくわない。一つのタブに複数のスプレッドシートを作れるようにして、それぞれのデータが持つ意味に従ってキッチリ分割できるようにするべきだと思う。
あとどうして表計算ソフトに、作画機能を入れるのかとか、幾らみんなが使い慣れているからといって、Excelをフォームとみなして、データ入力をするようなソリューションをサイトに載せるのはどうかとか。
色々Excelや一般的な表計算ソフトは、何がしたいのかよく分からない、という点で気持ちが悪い。


とりあえずはデータ処理&データプレゼンテーションソフトと考えよう。データから導かれるわけではない図表は悪だ。


サイトで見た感じ、AppleのNumbersは割と僕の好みに合ってそうな気がする。使ったこと無いけど。

■最近だけでもないけど読んで面白かった本クラスター
□「リスクにあなたは騙される」
□「経済は感情で動く」
□「ブラック・スワン」
□「天才数学者、株にはまる」
□「世界はべき乗則で動く」
□「青少年に有害!」

2009年08月16日

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■ガンダムを見る。
お台場の実物大ガンダムをみてきた。
公園の広場に唐突にガンダムが屹立していて実に趣深いというか、変。地方の新興住宅街の公園で行われるお祭りのような感じで周りに何とも言えないテントが立っているし。
お金の臭いがあんまりしないんですが、どういった経緯でどこが作っているのかな。


でかくて凄い精緻でなかなか格好いいんですが、アニメの場面を思い出してこんなでかいモノが実に機敏に動きながら戦っているのかと思うと、なんというか、ちょっと笑えてくる。実に超現実的。
アニメでみていると特に気にはならないんだけど、実物大で見せられるとそのあり得ない感がすごい。これが、歩くのかと。むしろ良くできているだけに、凄い変な感じ。
面白い。


入場にお金がかからないからかも知れないけど、実物大のガンダム一つでこれだけの見物客が来るんだから、ガンダムをテーマにした遊園地を作ったら、凄い客集まりそうだなあ。
そういえば富士急アイランドでガンダムのアトラクションがあった。

■コミケットに行く。
コミケにかぶっていたので、物見遊山でビックサイトにいったけど、目的も無しにいくもんではないと再確認。目的があって言っている人にも迷惑だし。午後に着いたけど、ゆりかもめに乗ろうとしている人の列の長さが悪夢めいていた。
帰りに公共交通機関に真っ当に乗るのが大変そうだったので、タクシーで隣駅まで行ってから乗ろうと思ったけど、いやーお台場の中混んでいるから、歩いた方が早く着くよ、と運転手に言われた。親切な運転手だ。
結局、国際展示場前駅から乗ったら、普通に川越行きにのれた。


しかしあの暑さや人並みを乗り越えても得たいものがあるというのは、凄い。そこまで魅力的なものがあるんだな。どこまで本当か知らないけど、ネットのコミケ話をみると、とてもとても。


そしてお台場はどこも人が多すぎて疲れ果てる。

■ラーメンを食べる。
半年ぶりぐらいにラーメンを食べた。気の迷いで。
やっぱり食べ終わるころにはいやんなっちゃう。これに900円払っているのかあ、と思うと、学生時よりは多少懐に余裕があることを差し引いても嫌になる。ラーメン小盛り+別メニューにでもしないときついな。
しかしなんで、このような食べ物が広く人口に膾炙しているのかが謎だ。国道で石を投げれば、ラーメン店に当たる。


ラーメンのように身体に悪そうな、じゃなくて強加体重性の、じゃなかった脂っこい食べ物は他に存在しないからじゃないかという仮説を聞き、確かにと納得する。
例えば偶然たまたま誰かがまかり間違ってラーメン店に入って、ラーメンを食べてそのコッテリ具合が彼もしくは彼女にとってトレビアンだったとした場合、他の食べ物であの脂っこい体験をすることは不可能! 最早通常の人間の食べるものは霞を喰っているようにしか思えなくなり、幾ら喰っても満腹で出来ない。油!油!油!、ラーメンラーメンラーメン! ギブ、ミー。ラーメン! 寝てラーメン、起きてもラーメン。ラーメンを食べれない日はイライライライライライラ、ニコチンの切れたニコチン中毒者のように、ラーメンの切れたラーメン好きは、そう、まさしくラーメン中毒。
飢えた子どものように手足が細くお腹が出た子どものように、ただひたすらラーメンのみを追い求め、ラーメンのみを食する人種が生まれる。それは最早、ではない。
しかしあの単調で大味な食べ物を美味しく完食できる彼らも、毎日同じラーメンを食べるとさすがに飽きてくる。
そうした彼らのニーズを満たするために、ラーメンは分化する。豚骨ラーメン、豚骨なんとかラーメン。なんとかなんとかラーメン。ラーメンラーメン。大同小異でもかまわない、油がたっぷりで、何かがちょっと変わっていれば、グルメな彼らは満足なのだ。
そうして、街中にはラーメン屋、ラーメン屋が溢れる。石を投げればラーメン屋に当たる。
そんな地方都市の悲劇。

■欲しい物がある。
最近欲しいなあと思っているモノが幾つか。
あるけど、高いので手が出ない。
・スピーカー 6万円ぐらい
・デジカメ 3万円ぐらい
・携帯オーディオプレイヤー 4万円ぐらい
・無線LANルータ 1万円ぐらい
・フルHD液晶 3万円ぐらい?
・BD再生環境 ?
・SSD ?
・HDD 2万円ぐらい
・液タブ 20万円ぐらい

おお、とても僕の懐具合では。
なくてもあんまり、困らないし。

2009年08月13日

映画を見る

夏休み平日昼の映画館(シネコン)は
映画館の外まで続くチケット販売待ちの行列と
平均身長と平均年齢を押し下げる子どもの群れと
ロビーに充満するカラメルの甘い臭いと
カーペットに散らばるポップコーンとが
とても印象に残った。

見たい映画は満席になりかけていた。
ネット予約は素晴らしい。
炎天下列を作る情報弱者どもを尻目に自動発券機を使う事の気持ちよさ。
情報技術革命。


そういえば、昔の映画館は座席は予約制ではなく、座れる人以上に人を入れ、入れ替えもしなかったと思ったけど、いつから予約制が殆どになったんだろうか。シネコンがそうなだけで、スクリーンが一つの昔ながらの映画館は(まだあったとして)同じような形で運営しているのかな。


というわけで、
サマーウォーズ見てきた。面白かった。

以下あまりよろしくない重箱の隅感想。激しくネタバレ有り。

・学校のマドンナ的存在(という表現がエロ小説以外で使われる場合があったら教えて欲しい)が物理部に居る可能性はどれくらい?
・答えはあの辺にメガネでロングの黒髪の超美人が突然現れるのと同じぐらいの確率。
・と、思ったら、剣道部だった。勘違い。
・暗号のシステムがよく分からなかった。主人公は何を計算しているんだろう。素因数分解? だとしたらサヴァン症だな。
・アカウントを奪われたら人工衛星も操作できるって、どんなサービスだ。
・卵を一つのカゴに盛るなという話か。
・主人公がルーン・バロットばりに数学能力を生かして花札で戦う、マルドゥック・スクランブルのカジノシーンのような闘争を凄く凄く物凄く期待したんだけど、勝手な期待だった。
・花札のコイコイのルールは調べてから行くべきだった。
・キーボードをインターフェースとして人型を動かすのは、どうやっているのか気になる。
・絵作りは時をかける少女と同じだった。
・スーパーコンピュータってNECのやつ? OZのクライアントはあったのか?
・スパコンの使い道がよくわかんなーい。
・電源どうするのかと思ったら、船かあああ。すげえええ。
・とにかくOZのサービスが意味不明すぎる。
・オズの魔法使いに絡んだネタが出ると思いきやそんなことはなかった。
・おじさん改心してもあんまり役に立っていない。腹立たしいイケメンだ。
・お婆ちゃんが死んでも、この親族はまだ繋がりを維持できるんだろうか。難しい気がする。
・どう考えてもカズマが一番カワイイ。絶対女の子だろうと思ったら、そんなことはなかった。こんなにかわいい子が女の子なわけないじゃないか、というヤツか。くそう。
・キングカズマのネーミングセンスはゲイナーと一緒だな。

2009年08月11日

地震怖い

朝ふと目が覚めて、ああ目が覚めたなあとか思っていたら、地震が発生した。ずいぶん揺れが大きく、かつ長かったので、僕のガチャポン人体模型が棚の上から落下して分解した。あとゆりえ様が転倒していた。えらいこっちゃ。
そのころ僕は持ち物の中で一番高価な液晶ディスプレイが倒れないように押さえていた。
一番高価な所有物が液晶ディスプレイというのも、ちょっとどうかなと、いま思った。
地震が収まって時計を見たら、五時台だった。
何で目が覚めたのか気になる。どうも地震が発生する前に目が覚めたと思われた。おそらく、本格的に揺れる前に一度揺れたのだと思うけれど、もし動物ばりに何かを察知して目が覚めたのだとしたら、面白いなあ。
しかし地震は怖い。結構強く、かつ長く揺れたのに、全然怖いと思わなかったのが怖い。

2009年08月07日

アニメを見る前に

世の中にはアニメや漫画や本が溢れていて、全てを見ようと思うと、一日に何十時間必要なのか分からない。僕が人間である以上どれを見るか、あるいは読むかを何らかの判断基準のもとに決めなければならない。

例えばアニメであれば、誰が監督をやっているか、誰がシナリオライターをやっているか、誰が作画監督をやっているか、誰が声優をやっているか、世間での評判はどうか、等が判断基準としてある。
自分が過去見た作品の感想から、誰が監督をやっているから見ようかな、誰がシナリオライターをやっているから見るのはやめようかな、などそれぞれプラスマイナスを付けていって、閾値を超えれば見てみる。

どれかのポイントが低い、例えばその作品の原作者が過去面白くないと思った小説の作者だった場合、それを覆すだけの別のプラスポイントが無ければ見ようとは思わない。
そうして限られた時間の中で見る作品、見ない作品を決める。

しかし勿論、見ない理由は、作品の評価とは全く関係ない。僕が見ると決めなかった作品にも、僕が見て面白いと思う作品は当然あり得る。それは僕の判断基準が結果として間違っていただけで、残念なことではあるがそれ以上でも以下でもない。
「きっと面白いだろう」「きっとつまらないだろう」という予想に基づく判断はあくまで内的なもので、他の人間には関係ない。

ただそういった判断を口にすることで、見てもいないものに対して批評している人間として判断される可能性があるようなので、言い方も含めて今後気をつけたいと思う。

2009年08月06日

大きな船にのったとおもって。

・クソみたいな研修で発表させられたときに、会社はもうちょっとマシな研修をしてほしい、といったら、名も知らぬ同期がそういう人を頼る態度はどうかと思う。自分で勉強しろアホ、といった事を宣った。
・確かに僕らは給料を貰っている。
・御高説ごもっともで、彼は良い社員になると思う。
・ただ給料を貰っているからそうするべきというのは、自分がお金を払っている客だから何を言っても/やってもいいという人間と同じだと思う。
・お金を払って受け取るのは、値段分だけのはず。受け取る側にせよ与える側にせよ。
・僕は、ピンポイントで業務に関わる部分では会社の外で面倒くさい仕様書を自発的に読むほど自分の仕事に興味もない。
・僕にとっても残念なことに。
・その時間で読みたい本は幾らもある。ネットをするのも楽しい。性欲ももてあます。
・更に残念なことに、周りを見回すと、多くの人は僕以上に業務分野に興味がない。余暇に勉強する人は、あまりいないだろう。
・やる気のある人を採用すると言うが、やる気はなんか一ヶ月もあれば跡形もなくなる。違う分野から来て訳が分からなければなおのこと。
・生き残っているのは適応した脳マッチョだけだから、理解できないのかも知れない。
・引いた視点に立てば、OJTと称して裸一貫で何も教えもせずに知らない業務に突っ込んでこき使いながら、本人のやる気と努力を期待するのは、美しいかもしれないがおそらくあまり分の良い賭けではない。
・長時間労働の結果は知的に鈍するだろう。
・自己責任という言葉は美しいが、潰れるにせよやる気をなくすにせよ、損をするのは本人だけではない。
・新卒だけ採ってなかなか首を切れないような環境であるならば、その賭けの結果はより大きな影響を持つ。
・何故お金をかけてリクルートして、毎年どれだけコストをかけているんだといいながら、打ちのめして潰そうとするのか。
・良い包丁を買っても石を切ろうとするなら包丁の意味もない。
・雇われた側、つまり僕の視点からすると、単純にやっていられるかと思う。
・雇用関係にはあるが、それ以上ではない。
・とはいえ給料を払う以上、上手に使って欲しいという願望はある。
・大きなコストをかけているといいながら、まともに使うことの出来ない人らの能力を疑うし、信用も出来ない。
・喋る言葉の美しさと見るものの落差は心を摩耗させる。
・牛乳をふいた雑巾のように使い捨てられたくはない。
・僕は楽しいことか、楽をするための努力以外はするべきではないと思っている。
・クソを食べさせるならば、それなりにクソを食べる意義を見いださせてほしい。
・クソを食べるモチベーションを自分で湧かせろといわれても困る。
・せめてその先のキャリアパスなり、ロールモデルが見えなければ。
・それを甘えというならば、それをいう人間もまた甘えている。
・ヤマギシ会はクソだっただろうが、まず最初に洗脳している。
・最低だけどある意味よくやっている。
・皆が今が苦痛で先の展望が無くても居るのは、単純に恐怖感からであり、出口の先の入り口も見いだせていないからだろう。
・この職場には、僕のようにリスクをとるのを面倒くさがって結果より多くのリスクを抱え込む人間が多いのではないかと思う。
・そういう人を選んでいるのか、そういう人しか来ないのか。
・結果として、短期的には上手く廻っているのかもしれない。
・巨大な泥舟に載るということ。