2010年12月31日

今年振り返り。

戻ってきたらアッと言う間に大晦日だ。
今年は何だろう。色々あったようなあんまりなかったような。それはいつも通りと言えばいつも通りかもしれない。


仕事は三月まで研修のアレとそこそこ面倒な仕事のおかげで残業時間130時間というあまり楽しくない状況になった。とはいえ初めてまともな仕事を出来たという実感が得られたのは良かった。研修の方も修論の時よりは良い発表が出来た気がする。
四月から九月まではその反動と云う事もあり、比較的流してのんびりゆっくり仕事をして、あーゆったりしているなあという気分で居たら、突然米国出張を言い渡されてビックリした。
米国は、何のために行くのかはっきりわからないまま行って、結局あんまり納得できないことも多かったけど、なかなか面白かった。外国なんて行くことないだろうなあとずっと思っていたけど、行ってみたら行ってみたでどーということもないんだなあというのと、語学力の残念ンぐだというのをはっきりわかったのは良かった。
あともうちょっとやる気を出すかなあという気分になった。集中して仕事して残業を20以下に抑えたい。しかし残業を全然しないと手取りが残念なことになるのはどうにかならないものだろうか。


今年は読んだ本は全く記録がないので振り替えれない... お金関係とか歴史関係とか神話関係とかにちょっと手を出したりしたけど、そこまでのめり込んでは調べられなかった。特に神話はなあ、あんまり興味が持てないなあ。
全般的にわりとノンフィクションを読んだような気がする。
逆に小説は、なんかあんまり積極的には読まなくなりつつある。小説読んでいるときの感情的な起伏がしんどいというか何というか。ラノベを適当に読むぐらい。

来年は何読んだかのメモぐらいはとるようにしようかな。せっかく買ったバーコードリーダも全然使っていないし。蔵書管理はあきらめたけど、読書管理ぐらいはしておきたいな。漫画はともかく、活字ぐらいは。


裁断機とドキュメントスキャナーを買ったけど、某氏の本ばかりを処理して自分の本はやってないなあ。思い入れがなくて読み返さない本は記録するだけしてうっぱらえばいいし、それ以外の本はとりあえず持っておくだけのスペースがある本棚を設置してあるので、まーいいかなと思う。引っ越すときはまた考えよう。
Kindleを買ったけど、DXではないのでスキャンしたのを読むにはちょっと小さいかなと思う。DXの次のが出たら買って技術書関係をまとめたいなあというのと、仕事関連のSpecを読めるようにしておきたいと思う。
そろそろKindleも日本の本を出して欲しいな。

自炊の森は色々問題とみんなの電子本への需要をあからさまにしたと思うので、出版社はEPUBとかもうっちょと食指が動くような電子本を充実させて欲しい。みんな蔵書管理にはうんざりしているし、まともな電子本とデバイス出せばいくらでも売れると思う。個人的にはアプリとして売っている本なんか買う気がしないんだよなあ。

SonyのReaderを誰か買って触らせてくれないかな。


カメラのD90を買ったけど、あんまり使っていない。 うまくいけばすごく綺麗に写るのは良いんだけど、重いのとでっかいので、「写真を撮るぞ!」という意気込みをもって出かけるときはともかく、普段持ち歩いて、アッと思ったときに撮るにはつらい。μフォーサーズあたりに食指が伸び始めているところではあるけど、正直そこまで写真を撮らないので、悩み中。


これまでIT機器というと、ずっとデスクトップPCだけという、今時の情報技術関連の技術者としては正直どうなの、どうなのよと言う状況だったんだけど、六月にiPhoneかって以来、サーバ買ってNAS買ってノートPC買ってKindle買ったので、一気に時代に追いついてきたような気がする。
あんまりいじり倒すような性格でもないので、全然使いこなせていないけど。
ただ、スマートフォンの便利さは予想以上だった。これはすばらしい。何処にでも行けるような気がしてくる。便利な時代だったんだなあ。

ノートPCはX201sだけど、軽くて性能も十分で液晶もそれなりなので、大満足。ただデスクトップPCとどう情報共有すればいいのかなあと言うので、ちょっと悩む。上手い方法はあるんだろうから調べれば良いんだけど。

Googleに個人情報を色々預けるようになって便利になったり、Evernoteを使いこなせなかったりTwitterをアクティブに利用するようになったり、ITの最近のサービスのユーザに、少しは慣れてきたような気もしないでもないでもないでもない。Twitterなんかほぼ知り合いだけだから、使い方は限定的といえばそうだな。
色々てきとーに扱っていた情報を昨今のサービスを利用して少しシンプルに体系的にまとめるようになってきた。WebサービスとNASをもっと活用できるようになりたい。

サーバはどうしよう。あまり活用できてないなー。 xrea安いからブログを自宅サーバに移す気もしないしなあ。


コミティアは二月と八月参加した。二月のは割とちゃんと書いた気分だけど、八月のは今ひとつだったかも。


そこそこお金を使っている気分だけど、周りを見ると車買ったりなんなりしているから、そうでもないなーとも思う。もの買うにしろ投資するにしろ何にしろ、一年ぐらい暮らせるお金が維持できるなら、多少は現金を消費しても良いのかなあとも思う。
ただ使い方は考えないと。

2010年12月21日

はじめての海外しゅっちょう

出張が、もうちょっとで、おしまい!
なんか10月11月は割と平気な感じで何となくきていたのですが、12月になって終わりが見えてくるととたんに帰りたくて帰りたくて仕方がなくなってきましたね。急に気温が下がって毎日氷点下とかになったせいで体調がよろしくなかったというのもありますが。言葉の通じない異国で体調不良に陥ったときの不安感は異常。

なんというか出発の一ヶ月前におまえ三ヶ月行ってこいやーいわれたおかげで準備もぎりぎりだったり、お金が無駄になったりして微妙な気分だった。一週間ぐらいの短期出張ならともかく、三ヶ月近くも出張させるなら、もうちょっと前々から言って欲しいよなーとか思う。過ぎたことだけど、今後も同じようなことがありそうでちょい嫌だ。
まあ、一年行ってこいといわれた人も居るわけで、そこはうん。あれですね。なんだろう。まあいいや。そのあたり何だかなあと思うところはあったのですが、会社勤めしている限りはある程度しかたないんだろうなあ、という気分になった。
「親方、空からお金が降ってきた!」
とかなんないかな、なんないな。あるいはコルヌコピア・マシンでもOKです!


アメリカ初めてだったんですが、でかいですね、さすが大陸。びっくり。
滞在しているノースカロライナのローリーは地図で見るとほぼ東海岸沿いという感じなんだけど、車で実際に海に出かけようとすると、300キロとか余裕である。300キロて。
飛行機から見たら、本当に見渡す限り森、森、森。日本だったら絶対山が見えるんですが、地平線まで平地で森。ひたすら森で平地。あと湖。あー、大陸に来たんだなあと思いました。まだまだいくらでも開発の余地がありそうに見えました。所有者は誰なんだろう。
そんなわけでおそらく土地が余っているんだと思うけど、道もすごい広い。ホテルの目の前の道路が日本の高速道路並みに広かったりする。だいたい片道二車線あるし一車線の道路でも、左折レーンが用意されている。何度か運転したときでもそこまで怖くはなかったです。いや、ちょっとひやりとするときはありましたが、二、三年ぶりにしてはということで。
フリーウェイは充実しているけど、それでも夕方とかはかなり混むんですねー。渋滞で全く進まなかったりする。2時間ぐらいかけてきている人も居るという話だったので、大変だ。あと事故っている車が多い。ちょっと出かけると、道ばたにいっぱい車が転がっているのでビックリする。あと動物の死体。森が道路のすぐそばにあるので、リスとか鹿とかが結構轢かれてました。一度僕の乗っていた車もバンビみたいな子鹿を轢きそうになった。
フリーウェイを降りた下道は酔っ払った子供がマーカーで適当に書き殴ったんじゃねーのというぐらい計画性がなくて適当な感じだった。フリーウェイと下道は気がついたら入れ替わっていたりするので、また迷う。マジ何なんだろう。まあ、東京も大概ですが。ローリーも東海岸と云う事で、アメリカの中では古い町のようなのでしょうがないのかもしれません。
そういや南北戦争当時は南部連合だったようです。
ノースカロライナは農業牧畜が盛んで、たばこも名産品の一つらしく、アメリカにしては税が低く安く買えるようです。これで吸い納めだなあと日本でボックスを買っていった課長が山ほどたばこを買っていたのが印象的です。
お祭りも動物とふれあうイベントが多かったですね。なんか。ピッグレースという豚のレースが有名らしいんですが、見られませんでした。あとで動画を見せてもらったのですが、まあ、見なくていい気がした。娯楽がなかったんですねえ、昔は。そういや子豚のステーキ食べなかったなあ、しまった。
全米でも結構上位にくるぐらい求職が多く、治安がよい土地らしく、滞在している間危険を感じたことはなかったです。くる前に総務の連中に色々脅されたけど、何だったんだアレ。
休日に観光とかするには、それこそ最低100マイル以上移動しないといけないような、周りに何もないところではありましたが、すむには良さそうな場所だなあとは思いました。治安はよく、RTPというIT企業が色々集まっているところはあり、有名な大学もあり、空港も近く、金太郎飴みたいだけど、ショッピングモールもそこそこある。
出張で滞在するにはちょっと刺激の少ないところでしたが。ちょっとね。

食事は結局ほとんど自炊で済ましたので、あまりひどいものを食べはしませんでした。わりと近くに日本食料品店があったので、そこでひと調味料とお米などをそろえて自炊。野菜炒めとかばかり作ってましたが、正直寮にいるときよりよっぽどマシな食生活だったような気がします。寮だとレトルトが多いからなー。ちょっと寮を出たくなった。あるいは卓上IH調理器を買うか。あーでも日本帰ったら定退できないか...
肉とかは圧倒的にこっちの方が安い。野菜はよくわかんないという感じです。ジュースとかアイスとかパンとかもこっちの方が安い。食費に関してはだいたい一日10ドルで収まってました。昼食のカフェテリアで6,7ドルぐらいかかっているのを考えれば、割と安く収まった気がします。買い物はだいたいFoodLionとWalMartで済ませました。質は低いけど安いものを探すなら、WalMartは最高ですね。だいたい何でもそろいます。
というわけでふつーに生活していた感じ。

ホテルは...まあ一日50ドル以下のホテルにあんまり贅沢言ってもしょうがないんですが。とりあえずもうちょっと照明を明るくして欲しいなあというのがある。でもまあ、キッチンがあって、冷蔵庫があって、鍋もあって、食洗機もあったのでとりあえずよかった。


外食にしろ買い物にしろ、何回かこなせば勝手もわかり、何聞かれるかとかクレジットでどう払えばいいのかとかチップとかわかるようになりましたが、予想していないこと聞かれると全然わかんないですね。まあ、わかんなくてもどうにかなるというのもわかったけど。というわけで生活はどうにかなるかという感じにはなりましたが、語学は無力感を覚えることの方が多かった。

正直国内での開発以外に関わるとは全く思っていなくて、仕様書の英語が読めて最低限の英作文ができれば大丈夫だと思って英語の勉強に対するモチベーションはあんまりなかったんですが、こういうことになった以上、これからはコツコツやっていかないと駄目ですね。一朝一夕でどうにかなるものではないし、毎日やらないとなあ。

アメリカに10年ほど居る人に招待いただいたときに話を聞いたのですが、小学生ぐらいできた子供は毎日学校に通っていて英語漬けになっていたけど、一年半ぐらいはさっぱりだったという話を言ってた。もちろん今では英語ぺらぺらではあるんですが、それでも大学は行って最初の国語は成績悪かったとか。そういうのを聞くと、子供のように学ぶというのは、ちょっとこー、大変そうだなあと言う感じが。
一時期単語とか英英で理解した方が良いのかなあとも思ったんですが、簡単な単語ならともかく、難しい概念とかは明らかに日本語経由した方が効率が良いよなーと思うようになってきた。

あと、べつにアメリカに来たから語学力が増えると云う事はないというのはわかった。来た上で十分勉強する必要があるなあと。当たり前なんだろうけど。


観光は前述の通り、近くに全然見るところがないのですが、それでも結構頑張ってみて回ったのではないかと思います。以下行ったところをリスト。

・Wright Brothers National Memorial
ライト兄弟が初フライトをしたところです。キルデビルヒルズというかっこいい名前の丘に記念碑が建っていました。周りに全然山がないので、ちょっとした丘でも見晴らしがよかったです。初フライトした場所自体は丘ではなく、下の平地だったんですが...
同期が凧を揚げていた。

・Richmond
南部連合の首都があったところ。ワシントンDCに近いんですね。なんか不思議。ホワイトハウスを見たのですが、大統領の名前すら知らない状態なので、はーという感じ。昔の上流階級の家が見れたのはよかった。

・Pilot Mountain
一部が宇宙人の手で持ち上げられたかのようになっている面白い外見の山。刺激がなさ過ぎる日が続いていたので、すごい楽しかった。100マイルと近い場所にあったし。周りに本当に山がないので、すごい眺めがよかった。本当にこれは良かった。

・Duke大学
まあ、大学なんですが。庭園見たついでに大学を見に行ったけど、なかなか施設も重厚で良さそうだったのと、やたら立派な境界が敷地内にあったのが不思議な感じだった。

・NewYork
前日記を書いた。

・WilMinton
戦艦ノースカロライナを見てきた。第二次世界大戦中に日本と戦った船なので微妙な気分になりつつも、大興奮だった。迫力ある。主砲の中とかにも入れました。いろいろ部屋を見ていると、戦艦一つでちょっとした町のようなものだというのがわかりました。イリヤの空の最後に出てくるタイコンデロガの描写を思い出した。
子供に絡まれたが何を言っているのかはさっぱりわかんなかった。Iphone4が見たかったのだろうか。


海外行くなんて考えもしませんでしたが、行ってみると意外とどうにかなるもんだなあという感じです。会社のサポートがあってこそではありますが、単に暮らす分には語学もそこそこでいけそうな感じもしました。病院も含め意外とどうにかなるもんだと思えたのはよかったです。
ただ仕事というのを考えると、全然駄目なので、そこはちょっと意識して勉強していかないと駄目ですね。会議でネイティブ同士の会話とかを聞いているとほとんど聞き取れない状態なので、現状ではお話にならない感じです。電話会議とかだとさらにキツイし。
どういうのを聞き取れないといけないのかというのはわかったのはよかったかと思います。

というわけで、まとめると来てよかったなと思います。

2010年12月20日

病院

病院行きました。

先週頭に頭痛と吐き気と顔の痺れにおそわれて、かつその一ヶ月ほど前に頭をぶつけるというイベントがあったので、ちょっと怖くなって病院に行ってきました。お金の心配があったのですが、問い合わせてみたらクレジットカードに付帯している旅行保険が使えるとのことだったので、安心していってきました。

アメリカはみんなホームドクターを持っていて、ホームドクター経由じゃないと専門医にかかることもできない。そうでなければER、だと思い込んでいたのですが、urgent careという診療所が一般的にあって、そこなら予約も無し、ホームドクターを持っていなくても初診をしてくれるとのことでした。高かったけど。

とりあえず症状を辞書を引き引きメモしておいてurgent careに突入してみました。問診票も何か居ているのかわからないので、辞書を引き引き。お医者さんも行っていることがわからないときは、この電子辞書にタイプしてください! という感じでコミュニケーションをとって、一応どうにかなりました。
受付の人もお医者さんも基本的に辛抱強く説明してくれた。で、症状を言ったら、うーん、じゃあ明日CTね! という感じになったので、次の日再訪問して、CTを撮ってくれる専門の施設に予約を取ってくれました。

で、昼ごろそこに訪れて色々。保険関係が難しくって、相手が何言っているのかもわからないし、こっちが何言っているのかもわからない状態だったんですが、保険の人が電話で代わりに説明してくれた。超親切だった。
人生初CTスキャンは一瞬で終わりました。するとCTスキャンをまたurgent careの先生に送ってくれるので、またurgent careに戻って先生の診断を受ける、という感じ。なんというか体調不良の人間に対して、ずいぶん移動させるなあという感じです。

結果的にはお脳の具合は全然OKでした。僕の忘れっぽさは生来のものだったようです。ただ副鼻腔炎を煩っているからそのせいだろう、と云う事で抗生物質を処方されておしまい。最後の先生とのやりとりはgoogle translateを使いました。日本語->英語はキツイですが、英語->日本語は実用レベルですね。便利すぎる。

かかった金額は、urgent careが200ドル、CTスキャンが700ドル弱でした。最終的には全額保険がきくからとはいえ、目が飛び出ました。アメリカで色々保険が問題になるわけです。あとは帰国後に保険の手続きを忘れなければOKのはずです。

というわけで何ともなくてよかったです。