2004年09月02日

ここ数年で一番ガックリきたこと

ありえないというか、あってはならないというか。
先ず自分が信じられない。うん、何故このように重大なことを見逃していたのかということです。私の人生の中で五指に入る大失態ですよ。ほんとにもう。
最近目のアレルギーが悪化していたので眼科行って目薬処方してもらったんですよ。ものぐさなので点眼回数が少なくてすむアレギザールを三本。そしたら前とパッケージが変わっていました。なんか蓋がスナフキンの帽子のようになっていました。
いや、そんなことはどうでもいいんですよ。
帰りしなに本屋に行ったらセスタスの新刊があったので、既刊を含めて全部そろえてしまいました。古本屋も活用したのですが、結構金がかかりました。セスタス面白いですよ。格闘シーンは最高だし、話もいい。成長していく主人公二人に対してどんどんダメになっていく皇帝ネロがいい感じを出してます。いやあ、おもしろいなあ。
まあ、そんなことはどうでもいいんですよ、前置きですよ。
でさらに帰りがけに図書館に寄ったんですよ。
家からはかなり近いけど、いつもはあまり行かない図書館だったのですが、SF関連の雑誌でそれなりに評価の高かったヨットクラブがおいてあるということなのでせっかくだから読んでみようと思ったのです。まあ、そんな事情もどうでもいいんです。問題はヨットクラブを探している過程で見つけたものです。
いつも行っている図書館の西洋文学コーナーと同じあたりを探していたら、大き目の棚になんかやけに見覚えのある青い背表紙の文庫が詰まっているの見つけたんですよ。SF好きの私としてはちょっとびっくりです。そんなにたくさんの早川SF文庫が並んでいるのはなかなか壮観でした。いやあ、すごいなあとふと横を見ると、そこにも同じぐらい大きい棚にやはり青い背表紙の文庫がずらーと。全部ですよ、全部。ちょっと唖然としてさらに横を見ると、さらにもうひとつ棚があってずらーと。
余裕で千冊以上あります。おかれているタイトルを見るとまあ、あるわあるわ。最近出版された本から、目録に載っていない本まで大量にあるんですよ。SF文庫が青い背表紙になる前の白いやつも結構あります。三つ目の棚には半分ぐらいベリーローダンシリーズが埋まっていて、残りは早川FTがずらーと並んでます。多分ベリーローダンは全部そろってたのではないかと思います。いや、正直ベリーローダンはまあ別にどうでもいいんですよ。
もうほんとにガックリです。いや、普通なら喜ぶところなんですが、なんで六年以上ここにすんで気がつかなかったのかという、つまりはそういう自分に対する激しい憤りを感じてしまうわけです。しかももう半年ぐらいで実家も引っ越すというこのときにようやく気がつくというのは、非常に絶望的な気分です。正直これなら気がつかないほうがましだったのではとさえ思えます。
あのAAはこういうときにこそ使うべきなのだな、とそう思います。

 ○| ̄|_
棚を前にして思いっきり脱力してしまいました。読みたかったけど絶版してしまっている本とかがいっぱいあるんですよ。普通に。平然とした顔で。もう! 憎らしいったらありゃしませんよ。なんだよこいつら。もう。何年も俺の前から隠れやがって。
本当に信じられない。
しょうがないのでせめて東京に戻るまで読めるだけ読もうと、90年代中盤に出版されたのに見事に目録落ちしているスティーブン・バクスターのジーリークロニクルの本を三冊と当初の目的だったヨットクラブを借りて読みました。

天の筏
重力定数が10億倍の宇宙に迷い込んでしまった宇宙船乗組員の子孫たち。彼らは直径80キロの核を中心とした呼吸可能な組成の、直系8000キロ程度の星雲に住んでいた。この宇宙では恒星の大きさは直径数キロで、星雲の端で生まれ、一年ほどで燃え尽き核に落ち込んでいく。ある人々は宇宙船をつなぎとめた800メートルほどの筏――ラフトに、そして残りの人々は核の周回軌道に乗った、燃え尽きた恒星の周りにベルトと呼ばれる居住区を作り、鉱物を採掘して暮らしている。ベルトで仕事に従事する主人公はあることをきっかけに星雲が死につつあることを知る。彼はつらい仕事から逃れ、何がおきているのかを理解するために、ベルトを抜け出し、ラフトに行く――

というわけで力いっぱい剛速球のハードSFでした。最初は重力の使命のような世界を想像してしまい、そんな環境で生きられるのかと思ったのですが、別に重力の強いところにいる必要はないのですね。
物理定数が違うという難しい設定の宇宙を、説得力のある文章で非常に読みやすい小説でした。その描写はただただ圧巻の一言です。しかしSF的な仕掛けが上に書いた世界設定を除けばあまりなく、最初にイメージさえできれば後はすんなりと読めるのも読みやすい要因かもしれません。いいんだかわるいんだか。
話自体は状況を除けば意外にまっとうな少年の成長物語でした。いくら全く宇宙でも人間のやることは変わらないんだなあと思わせながらも、なかなか読後感の良い話だったと思います。
違う宇宙なので、ジーリークロニクルの本筋には全くかかわることはありませんでしたが、登場人物の台詞の端々からボールダーの輪などなど出てくるので、ニヤニヤしてしまいます。この作者は他にもプランク定数をゼロにする話(プランク・ゼロ)を書いているので、物理定数を変えるのがすきなのかもしれません。

時間的無限大
人類は発展しているであろう未来の情報を知るために、木製軌道上に1500年先に繋がるワームホールを設置した。だがしかし、ワームホールの繋がった先の地球はクワックスという名の宇宙人によって支配されていた。対クワックスの外交官であるバーツは、クワックスの地球総督に呼び出され、反乱者がワームホールを抜け、過去に逃げて行ったことを知らされる。彼らによって歴史が改変されることを恐れるクワックス――。そのころ(?)過去にもどった反乱者たちは不可解な行動を始めていた……。

というわけで時間的無限大、本当に売る気のあるのか疑問に思わせずにはいられない素敵なタイトルです。バクスターの小説のタイトルはかなりそのまんまな物のばかりなので、直訳すると非常にゴツゴツした感じになりますね。一方で変なタイトルをつけられるよりはましという気もします。時々恐ろしいタイトルになったりしますからね。

これはジーリークロニクルの、いわゆるクワックスによる人類支配の時代を扱った長編です。天の筏が異常な状況を舞台にした話中心の小説だとしたら、時間的無限大はSF的な仕掛けが雨あられと降ってくる贅沢なハードSFです。
物語の発端となるワームホールによるタイムマシン。これはワームホールの二つの口のうちの片方を光速に近い速度でどこかへ動かし、そしてまたもとの地点に持って帰ってくる。そうすると相対論のウラシマ効果によって、それぞれの口が別の時代につながるというアイデアです。ほかにも私にはよくわからないエキゾチック物質とか、大統一理論ドライブとか、ソラリスを思わせる液体生命、量子力学の観測者問題による想像を絶する世界観(否定されるけど)、などなど。あげれば限りがありません。とはいっても肝心のタイムパラドックスについてはいつの間にかうやむやのまま、しっかり整合が取れてしまっているのがちょっと残念でした。
前作と違って、人間関係とか主人公の活躍とか、そういうものはあまり気にせず壮大なガジェットを心行くまで楽しめばいいなあ、というそういう小説でした。
ジーリークロニクルの諸小説の面白さのひとつは、それぞれが補完しあって、ひとつの壮大な、ビックバンから始まって、宇宙の熱的死まで続く壮大な歴史を作り上げているということだと思います。この面白さは、コールトウェイナー・スミスの人類補完機構シリーズや、ちゃんと読んでいないので違うかもしれませんが、ファイブスターストーリーなどにも通じるものだと思います。
ある小説だけではわからなかったことが、他の小説を読むとわかるようになる。単品としての面白さに加え、そういう贅沢な楽しみ方ができるようになっています。この時間的無限大もプランク・ゼロ等他でで提示される歴史と矛盾なく混じり、お互い補い合うものになっています。
この小説や、天の筏などを読んで思ったのですが、作者はこのシリーズを始める前から、ジーリークロニクルの主要な設定を完璧に作っているのだと思います。原書の短編の発行順序が良くわからないのでなんともいえませんが、この作品のラストは近刊の真空ダイアグラムを読まないと全く理解できないはずからです。出版当時読んだ人は困っただろうなあ。

フラックス
スターと呼ばれる中性子星の内部には、体調十ミクロンの人類があるものは狩をしながら原始的な生活を、そして多くのものは数センチもある巨大な都市をつくり、それを中心とする社会的な生活を送っていた。だがしかし、彼らの住む中性子星をグリッチと呼ばれる災害が襲うようになり、人類は滅びようとしていた――。

中性子星を舞台にした小説といえば、私は竜の卵を思い出しますが、この小説は竜の卵のように中性子星の表面ではなく、中性子星の中、深さ数百から数千メートルの核、電子、超流体中性子からなる層が舞台となっています。また中性子星で進化した生物とのファーストコンタクトでもなく、あくまで中性子星の中に住む微小な「人類」が主人公であり、外からの目は全く存在しません。
というなかなかすごい設定なのですが……正直ぜんぜんどんな物かイメージできませんでした。いや、中性子の空気を強力な磁束線をたよりに泳ぐ、錫の原子核からなる人類なんてものを鮮明にイメージできる人がいたら驚きです。なにもかも縮退してるんですよ、きっと。なんとなくそれらしいものを想像して読むのですが、こういう環境独特の現象ばかりなので難しい。しかし中性子の中に人類や様々な生物が存在するという設定をつくり、書ききってします力量はすごいものがあります。

しかしこれらの小説が見事に絶版になっている現在の状況は、なかなか寒いものがあります。果たしてハヤカワSFは大丈夫なんでしょうか。正直心配でなりません。新刊ずいぶん高くなってきてるしなあ。
まあそんなことは気にせずこんどは虚空のリングを読もうと思います。すべての銀河を引き寄せる巨大な引力のもととなるグレートアトラクター。直径一千万光年を超え、光速に近い速度で回転する巨大な構造体――ボールダーのリングを舞台にした壮大な話のはず。絶版してますが。
ジーリークロニクルは物理な人もきっと楽しめると思うので、ぜひイシカワさんあたりにお勧めしたいのですが、もしかしたらものすごくはまって購入するために古書店めぐりなどをしてしまうかもしれませんので、あまりお勧めできません。
そういえばヨットクラブはあまり面白くなかったです。はい。