2006年12月04日

フレッド・ホイル/チャンドラ・ウィクラマシンゲ「生命(DNA)は宇宙を流れる」

地球上に生命がどうやって生まれたかについての説明は色々あるが、一般的には、原始地球上で水蒸気や二酸化炭素やメタンなどの単純な化合物に雷や宇宙線などのエネルギーを受けて化学反応を起こして出来たアミノ酸、核酸塩基などの低分子化合物が、海水で混ざり合って、反応しあう中で高分子化合物が出来て、それらが組織化されて最初の生命が出来るという、化学進化が科学者の間でも一般的に受け入れられている。
しかし一方で、全てのタンパク質が「偶然」出来たと考えその事象が起きる確率をおおよそで計算してみると、10の四万乗分の1という普通に考えると0と言っていいほど小さい値になってしまう。つまりランダムな過程で地球から生命が生まれると考えるには、地球の規模も歴史も短すぎることになる。
とはいえ勿論、今現在地球上は生命で栄えているしどうやってか地球上で生命は誕生しなければならない。ではどうやってというとこの本では、地球の生命はバクテリアという形で宇宙から来た、という説を採っている。
地球生命が地球起源ではないという考え方は「パンスペルミア」仮説と呼ばれ、かなり昔から存在するしかし、一般には生命誕生にブラックボックスを増やしただけであると考えられ、受け入れられてはいないが、著者らはより科学的な方法でパンスペルミア仮説を復活させている。

宇宙物理学者である著者らは、星間粒子の正体を研究する中で、その赤外線スペクトルが感想凝固したスペクトルと綺麗に一致しているがわかった。少なくとも宇宙物理において物質を判別するのに十分なぐらいには。一方でバクテリアは超低温、真空、放射線、などあらゆる過酷な条件にも耐えられるという性質が知られている。強力なX線の照射にすら対応できるものもいる。バクテリアが宇宙で生き残れないと考える理由はない。
また十分な条件がそろっているときのバクテリアの幾何級数的な増殖速度を考えれば、星間粒子の莫大な量も説明することが出来る。そしてその条件がそろっている場所として、彗星が上げられる。
様々な証拠から、彗星の組成はバクテリアであると考えることが出来る。彗星が有機物のポリマーであることは認められているし、さらに彗星が吹き出すダスト粒子の大きさや密度は凍結乾燥したバクテリアのそれにきわめて一致している。また、その赤外線スペクトルを比較するとピークの特徴が一致するという結果が出ている。一方で他の有機物でここまで綺麗に特徴が一致するものは見つかっていない。また、彗星をバクテリアの固まりと考えると、ガスやダストの放出メカニズムも綺麗に説明がつく。
彗星には水、有機物があり、暖められれば条件はそろう。彗星で増殖したバクテリアは超新星などで宇宙へとばらまかれることが出来る。
すなわち、バクテリアが宇宙に蔓延するメカニズムは十分説明することが出来るという。そしてもちろん宇宙に蔓延するならば、バクテリアが原始地球にも落ちてくると考えるのは自然というよりは必然となる。
地球上の生命誕生以外にも、バクテリアが宇宙から来たと考えると説明できることがいくつもある。
その一つは進化のメカニズムである。ダーウィン進化論に否定的否証拠を説明するための新たな進化論として、ウイルス進化論がある。生命が進化するためにはDNAが変化しなければならないのだが、それを行うのがウイルスであるという考え方である。適当にいうと。しかし一方で進化をウイルスによる病気だと考えると、進化が同じ時期に広い範囲にわたる門、種で一斉に進化しているという事実と反する。進化は地球規模で起きる。その例としては恐竜の絶滅及びほ乳類の大出現、海の生物層の劇的な変化がおきた6500万年前がある。そしてその時には巨大な彗星が地球に落下しているという証拠がある。すなわち進化に関わるウイルスは地球外から来ているのである。
ほかにも病気流行がある。インフルエンザの流行を考えると、社会から孤立して生活している人間が、都市に住む人間と同時に同じインフルエンザにかかっているという症例がある。他にも全寮制の学校などの感染状況から、インフルエンザが人から人に水平感染すると考えると納得のいかない事例も多々出てくる。そこでインフルエンザウイルスは彗星から放出され地球におりて気流に流れてくると考えると、複数の地域で同時に流行するということの説明も出来る。あるいは百日咳など数年おきに流行する病気については、数年周期の彗星を考えると綺麗に説明がいく。
などなどパンスペルミア仮説によって説明される事象は様々あり、パンスペルミア仮説が単なる荒唐無稽な仮説ではない、ということが多分出来る。

この後この本は、星間粒子(ここではバクテリア)と恒星系の形成の関わり、太陽系など地球外生命体について、説明し、最後にコズミックインテリジェンスは存在すると言う結論に達している。

パンスペルミア仮説は批判者も言うとおり、生命発生を先送りにしているに過ぎない。では、いったい生命はどうやって本当に生まれたのか、それについてはパンスペルミア仮説は基本的には何も言わない。むろん先送りは恣意的に行われたわけではなく、事実と論理を重ねることで行われている。では、地球の生命の元であるバクテリアはどうやって生まれたのか。10の四万乗分の1の確率を乗り越えてランダムに生まれたと考えるよりは、何らかの知性が働いたと考える方が自然である。すなわち、宇宙から「自然に(偶然に?)」生まれた、通常の生命より単純な構造を持った知性が、それらを作り出したという結論に至る。それが著者らのいうコズミックインテリジェンスである。

正直な話、このあたりまでくると、どう受け取って良いのか悩んでしまう。本を読んだ限りでは、それが論理的な帰結になるというのはわかるが、それは本に載っている条件から考えたからこそだと思う。
コズミックインテリジェンスというのは実証の方法はないだろうし実際のところ、科学の俎上に上げるのは不可能だと思う。「奇想、宇宙を行く」にもあるように、理論物理の方面などでは実証が不可能だったりきわめて困難なことが真面目に語られていたりもする。しかし生命の発生や造物主など宗教にも関わってきて、反感を買いやすい非常にナイーブな問題について、これだけの論理でここまで言い切ってしまって良いのだろうかという疑問もある。SF好きとしてはより単純な構造を持った知性体が、進化のメカニズムを持った複雑な生命の種子を生み出す、という骨格にはかなり魅力を感じる。進化や病気のメカニズムについてはコズミックインテリジェンスにくらべ信憑性も高く思われるし、実証も不可能ではないだろう。しかしとりあえずは、彗星がバクテリアから出来ているという、動かし難い証拠が得られて初めて、パンスペルミア仮説は真剣に語られるようになるんでしょう。
現状で化学進化に関する学説がどう行った流れになっているかもわからないし、10の四万乗分の1の確率というのも、別に他の可能性でも生命は生まれたけど、たまたまそれになっただけであり、その確率には意味はないのかも知れない。
最終的にどうなるかはわからないが何にせよ興味深い話ではあるし、研究の進展について知ることが出来るなら知りたいと思う。

そういえば五十嵐大介の「魔女」の二巻の話はここから来ているのかなという話が一つ。1908年にシベリア、ツングース地方に彗星が落ちたことにより、植物や昆虫などに劇的な遺伝的変化が生まれたり、トナカイが奇妙な病気で次々と死んだり下らしいとのことです。これについては確実に彗星が落下したと言うことは出来ないようだけど。