2006年09月03日

床に関する私の主張

部屋を片付けることにより、家具がしめる割合を除いた床面積のほぼ百%を露出させることは、精神衛生上非常に素晴らしいことに思われる。また、露出した床表面をホウキ、及び雑巾によって清潔に保つことは精神に限らず衛生上良いことだと思われる。
しかし一方で十分な面積が確保された清潔な床は、その上に横になると言う新しい欲望を人間にもたらす。夏の暑い気候は、冬の寒い時期にもっとも強くなるベッド、布団の上に横になりたいとおもう欲望を著しく減衰させる。冷房機器によって部屋の温度を十二分に下げればその限りではないが、布団の上で横になりたいという欲望を持つために冷房機器に電気を食わせ、財布に負担をかけようとする人間はそう多くないと予想される。
ただし、布団の上でという条件をのぞけば横になりたいという欲求は気温に限るモノではなく、通年存在するモノである。それは単に布団の保温機能が夏に必ずしも適していないという状況から、他に横になる有力な選択肢がない場合抑圧されるだけである。
そこで、床が新たな選択肢となる。カーペットなどが引いてある場合はその限りではないが、床は布団とは違い保温機能はそれほど重視されていない。そのため、八月九月という気温の高い時期においても、その上に横になって不快に感じるモノではなく、特にフローリングなどに限った場合、冬には非常に不快に感じる温度の低さは、夏にはむしろそのためにあつらえたかのような快適さを提供する。
また、布団に比較したときの床面積の大きさは、たとえじっと一カ所に横になっていたために体温によって床が暖められたとしても、少し体をずらせばまた快適な涼しさを得ることが出来るという、重大な役割を果たす。ずらした場所がぬるくなればまた元の場所に戻ればいい。かように床というモノは夏において、横になるのに非常に適しているものである。そのような床を使用可能にする片付け、及び清掃は、あるいは私のような人間にとっては怠惰への重大な第一歩を提供するモノなのかもしれない。
さて、そうは言っても床にも欠点がないわけではない。大きな欠点としては、フローリングの床は涼しさという点では群を抜いて快適とはいえ、体を横たえるにはかたすぎるという問題点がある。短時間のごろ寝においてはさほどではないモノの、睡眠、あるいは長時間の読書を行うとき、関節などへの負担は無視できないモノとなる。もう一つは、長所が短所になってしまう事ではあるが、体温が奪われすぎてしまう場合があると言うことである。背中、あるいは腹部などを過度に冷やすことは体調を崩す原因となりかねない。床に寝ることは一時の精神的な快楽のために、体の健康を損なう可能性すらある。
故に私は、これらの欠点を改善した、横臥用床というものが開発されれば、非常に需要があるのではないかと思う。かたすぎない、低反発素材を用い、湿気は逃がしても、温気は逃がしすぎない床。そういった新時代の床が、そろそろ生み出されてもいい頃なのではないだろうか。