2006年09月11日

近況2


寝た起きた食った読んだ見た寝た起きた食ったネット寝る。


「チーム・バチスタの栄光」海堂尊

このミステリーがすごい、の2006年大賞をとった作品。普段はミステリーあまり読むわけではないけど、薦めらて読んでみた。
うん、面白い。
大学病院という白い巨塔を舞台に、出世街道から身を引き、窓際外来で患者さんの愚痴を聞きながら楽しく暮らしている主人公が、院長の命令で心臓手術に27件連続で成功しているエリート率いる心臓手術チーム「チーム・バチスタ」の三件連続術死という問題をなぜか調査する羽目になる、という話。
作者は実際に外科医らしいので、ディテールはかなりすごい(と思う)。細部まで完璧に正確(なんじゃないかな)。というわけでリアリティーが話に確かな説得力を持たしています。よくわからないけど。

キャラクターが魅力的、かつよくたっている。そしてキャラクターの性格が、このミステリーの真相を二重三重にも取り巻く謎になっている。調査を受け入れた主人公は、チームの構成員一人一人に聞き込み調査をする。それにより外からは完璧に見えるチームにも、実は問題が存在することがわかる。問題を解決できない主人公に、さらに途中から厚生労働省の変人役人が突入してくることで、で主人公が作ったチームメンバーの人間像が役人さんに引きずられるようにシッチャカメッチャかになり、問題が発散しているように見えつつ、最後には連続術死と、なぜ主人公が調査をすることになったのかという二つの謎に収束していく。
で、話もいいけど語り口もいい。主人公の飄々として病院内では多少浮世離れしつつも、厭味のなく実はかなり人間的な性格が話に軽妙さを与えていて気持ちがいい。普通に考えたらいやな人間すら彼の視点を通すことで愛すべき人格へと変化している。現実に存在するシリアスな問題も丁寧に織り込み、程よい謎と、上手い話運び。読後感もよく、非常に満足度の高い小説だった。

非常にどうでもいいが、さるまん的にいうと主人公と病院長の関係はサラリーマン金太郎的だなとちょっと思った。それはともかくサラリーマン金太郎を略すとサラ金になるが曖昧性を解消するのが困難であるため、使用は適切ではなさそうだ。サラ金太でいいか。

解説のところで大森望も書いているけど、シリーズ化してほしいと思った。白鳥を軸にして、さまざまなところで起こる問題などを彼が解決していくような話で。できれば本作と同じように主人公は別にして、毎回途中から白鳥が現れるみたいな感じだといいよなあ。話だけでて出てこなかった姫宮も見てみたい。
医者との二束の草鞋だしそう多く小説を書けるわけではなさそうだけど、これからの作品にも期待。

こういう作品を読むと、もっとSF以外のジャンルの小説も読めば面白いんだろうなあとは思うけど、結局すでに自分の中に評価基準と知識があるSFに落ち着いてしまう。
僕だって! 自分の殻を! 破りたい! んだ!!


「ビッグバン宇宙論」サイモン・シン
というわけで。どういうわけで? 「フェルマーの定理」と「暗号解読」でスーパーサイエンスライターっぷりを日本の僕らに見せ付けたジョンブル、サイモン・シンの新作を二ヶ月放置した挙句「ふっ、そろそろこの本を読む時がきたようだ」見たいなせりふを僕が言ったか言っていないか。が、読んだということだけは、その、ほら、神とかそういった雰囲気のものに誓って間違いない、と僕は言っています。

というわけで、読んだ! ブラボー!!

ビッグバン宇宙論とあるので、ビッグバン宇宙論の一般人向けの解説書かというと、そうではなく、神話から始まる人間の宇宙に対する考え方、理解の変化、そして現在のビッグバン宇宙論に至るまでを、プトレマイオス、アリスタルコス、コペルニクス、ニュートン、アインシュタイン、ハップルといった科学者たちのドラマを通じて描く、壮大な科学史の傑作。
前二作もまた、科学史の色合いが強かったけど、本作は宇宙論という科学の超王道を描くことで、宇宙にとどまることなく科学とはそもそも何かという本質的な問いに対する、ひとつの鮮やかな回答を描き出しているように思われる。
仮説、検証、という科学研究において基本となるサイクルが、宇宙論においてはどうだったか。すなわち理論と観測という宇宙の研究における車輪の両輪が、お互いにどう影響を与え合い、そして宇宙のモデルを作っていったか。
理論のない観測、観測が支持しない理論。
たとえば一時は主流であり、観測結果にも支持されていた理論が、観測機器の発達により、反例が見つかるようになる。はじめはその反例自体を攻撃する、それが無理なら、理論を調整することで旧来の理論を守っても、反例が積み重なることで、理論はもはや擁護不可能になり、新たな理論が立ち上がり、観測結果を説明し、そして予想することで認められ、パラダイム・シフトが達成される。
あるいは純粋に理論的な考察から作られた新しいモデルが、未知の現象を予測し、当てることで旧来の理論を書き換え、やはり新たなパラダイム・シフトが起きる。そしてその理論が……
宇宙論の発展は、そういったパラダイム・シフトが何度も起こることで発展している。そしてその裏には、大物の科学者が、人生の大半をかけた旧来の理論を守るために、新たな理論を否定したり、あるいは自分たちの理論がもろくも崩れ去るのを見る、あるいは新たな理論、正しい理論を提唱した人間が、主流の科学者に否定され、研究を放棄することになったりするような、そういったどうしようもなく人間くさいドラマが繰り広げられていたりする。そういった新と旧のせめぎあう境界面での闘争に十分勝てるだけの理論が、研究が生き残っている。そこにあるのは理論同士の殺し合いのようでもある。そして最終的にはより観測結果を説明する、正しい理論だけが生き残っていく。
むろん科学者個人で見れば間違えもするし、必ずしもすべてにおいて「科学的」ではないのかもしれない。長く付き合ってきた理論には愛着もわくだろうし、思想的なものが前提として結果の見方を左右してしまうのもあるのだろうと思う。しかし、科学は全体としては、寄り道をしても長い目で見れば正しい方向に行き続ける、そういった非常に強力な方法論であることをこの本は教えてくれる。

「ビッグバン宇宙論」は、宇宙論を語ることで、人間の宇宙の見方の歴史的な変化を教え、宇宙論の発展を支えた人々の心躍るドラマで楽しませ、ビッグバン宇宙とはいったい何か、を非常に簡明に理解させ、そしてそもそもそれらを支えた科学とはどういうものなのかを知らせてくれる。
この本はそういった二重三重の視点を、巧妙に織り交ぜ、そして何より信じられないほど読みやすく面白いものになっている。そのバランスは絶妙であり、どれにも不必要に詳細になることなく、それでいてどの部分にも新たな知見を与えてくれる。
こういった本を読むと読書をしていて本当によかったと思う。