2006年11月14日

最近読んだ本

□アーサー・C・クラーク「海底牧場」
近未来、全世界の食糧供給の12%を海洋資源によってまかなうようになった時代の物語。宇宙航空士だったが事故により空間恐怖症になり、地球に降りた主人公は牧鯨局巡察隊で新たな人生を始める。人が宇宙を開拓しはじめている時代にいまだのこる海洋という未知の世界を舞台に、主人公の牧鯨局における半生を描く作品。
クラークのいわゆる工学よりに分類されるSFの良作。海にある可能性、危険性、様々な未知のものなどを堅実に描写している、派手さはない物の(書かれている内容は派手っちゃ派手だけど)、未来における伝記のようなおもしろさがある作品だった。

中学の時に読んだクラークのジュブナイル小説である、「イルカの島」が思い出された。
これにしろ、あるいは「楽園の泉」にしろ、クラークの近未来を扱うSFは未来の一部を切り出したようなリアリティがあるよなあ。何を今更と言われそうな気もするけど。
□ロバート・J・ソウヤー「占星師アフサンの遠見鏡」
恐竜型の知的生命キンタグリオは中世風の社会を構築していた。見習い占星師として宮廷で学んでいたアフサンは、神を絶対とする旧来の伝統的な価値観に固まり、星々を研究し新たな知見を得ようとしない師匠に強い反発を覚えていた。やがてアフサンは「神の顔」を巡礼する旅に出る。その途中で得た遠見鏡を使って、彼は世界に関する驚くべき事実を発見していく。
という感じでコペルニクス恐竜少年が主人公の、冒険あり、恋愛あり、センス・オブ・ワンダーありの見事なエンターテイメントSF。
キンタグリオの住む世界は、流れ続ける巨大な河を永遠に進む「船」の上に存在する。川の遙か上流には「神の顔」が存在し、彼らの世界に災厄が降りかからないようにしている。そういった世界観に生きるキンタグリオの中でアフサンは、観察を繰り返すことで「神の顔」とはなにか、自分たちが生きる世界「船」とは何かを発見していく。その事実は無論僕らの常識に他ならないわけだが、常識である知識ですら提示の仕方によってはこうも感動的なセンス・オブ・ワンダーになるのかと驚かされた。作者はアフサンに人間に科学の進歩を、社会における反発も含めて凝縮してやらせることで、パラダイムシフトと価値の転回の面白さを小説の楽しさを削ぐことなく映し出している。
この小説の面白さはそれだけではない。作者の考古学趣味によるのだろうが、キンタグリオの性格の人間らしさと非人間らしさ、その生態、あるいは狩りの描写などはそれ自体一つの物語の柱になると思えるほどリアルで興味深い物になっているし、読みやすい語り口やドラマチックな話運びなど、どう切り取ってもおもしろい。
ソウヤーはそこそこ読んでいますが、SF的なある種の荒唐無稽さによる面白みと言う点からはわりと堅実な気はするけど、単純によんで一番面白い作品じゃないかと思った。
この作品は三部作の一作目なんだけど、二作目三作目は訳されていないし、訳されることもなさそうな感じ……。「ネアンデルタール・パララックス」も訳したし、このシリーズもやってくれないかなあ。

□ポール・J・マコーリィ「4000億の星の群れ」
恒星をまたいで繰り広げられるスケールの大きなスペースオペラかと思うタイトルと見せかけて謎の惑星を舞台にした探検ミステリーSFだった。宇宙に拡張していった人類が初めて出会った正体不明の地球外知的生命体と戦争をしている星系で発見された謎の惑星を、テレパスの主人公が謎を解明していく話。その惑星には地球やその他近隣惑星の何百万年も前に絶滅したような種族が混じり合ってコロニーを形成している。という感じなど色々謎がちりばめられていて、最後の謎解きも唐突にスケールが大きくなって僕の好みに近いような気もするのですが、なんだか知らないけど恐ろしく読みづらかったので適当に流し読みしたせいでよくわからなかった。ホーガンの「仮想空間計画」のように既に日本語じゃないという感じの訳でもないのに、かなり丁寧に考えながら読まないと状況が理解できないというのは、何でなんだろう。かなり短い間に何度も何度も、しかも明示的ではなく状況が変わるからとかかなあ。
僕の読み方の問題なのか、本の方の問題なのか。読みやすい本でもないのだろうけど、僕の読み方も雑なんだよな。
それはともかく状況から逃げ出そうとする人間が主人公であるのは読んでいて疲れる。

□ポール・アンダーソン「百万年の船」
「折れた魔剣」といったハイ・ファンタジーから「タウ・ゼロ」のようなハードSF、あるいは直球のスペースオペラやユーモアSFなど幅広い作風でどれも面白い小説を書くポール・アンダーソンの歴史SF(といっていいのか)。
遙か紀元前から生き続ける不死者たちの古代から未来へと至る数千年に及ぶ人生を描いた小説。古代フェニキアで生まれたハンノ他九人の不死者の人生を、ギリシア、アラビア、ローマ、日本、中国、アメリカなどで起こるそれぞれにとっての重大な場面を短く切り取るように描写し、積み重ねることで死ぬことのない人間が歩むであろう道を見事に描いている。
全三巻で十九章、しかも三巻目は二章しか入っていないことからわかるように、各章はかなり短い。その中で舞台となる時代とその地域をリアルに描き、そして一切ムダのない話運びで物語を作っているのはさすがの職人芸。どれだけ調べたのだろうと思わされる。数百年に及ぶ不死者同士の確執と和解、定命者との摩擦から未来における不死者の最終的な運命まで舞台は頻繁に変わりながらもぶれない話があるため、読みやすく面白かった。
また、不死者に降りかかる喜ばしくない事態を描きながらも、不死者を扱うときにありがちな、不死であることを悲惨な運命とせず、最後には最後には一つの答えを見せた非常に好感が持てた。

ただ一つ翻訳がどうかと思う。途中平安時代の日本が出てくるんだけど、固有名詞が全部カタカナで処理されているのがもの凄く引っかかった。土御門いがいのツチミカドがあるというのか。チクゼン・ノ・マサミチってそのまま訳すなよー。
と思いました。