ブライアン・サイクス「イヴの七人の娘たち」
血縁関係を判定するのに遺伝子判定をするのはかなり一般的にやられているようですが、通常使われる遺伝子は交雑と突然変異の二つの原因で変化していくため、歴史的、あるいは考古学的なスケールで血縁関係を調べていこうとしても、不確実性が強すぎるのであまり使えない。しかし突然変異によってしか変化せず、母親からのみ受け継がれるミトコンドリアのDNAを使えば、適切な血縁関係のや進化の木構造が得られるはずである。しかもミトコンドリアDNAのDループという短い区間では突然変異は平均して二万年であり、年代推定にも扱いのいい区間である。
そこでミトコンドリアDNAのDループをツールに、様々な考古学的な謎を解いていった著者の研究の自伝的な紹介がこの本である。この本、タイトル自体は前から知っていたけど、ちょっとうさんくさい本だと思っていたので手に取ることもなかったのだけど、文庫化されていたのでちょっと立ち読みしていたらどうして、真面目でありかなり面白そうだったので買ってみたらアタリだった。
例えばハワイ、タヒチ、ニュージーランドのポリネシア人がどこから来たのか。すなわち海流に逆らってアジアから来たのか、あるいは海流に流れてアメリカから来たのか、と言う問題にミトコンドリアDNAは明確な答えを出している。他にもヨーロッパ人にネアンデルタール人の末裔はいるのか、ヨーロッパ人はいかに農耕を始めたか、と言う問題を解くのにもこの方法は強力に役立ち、また同時に他の手法の結果とも比較することでそれ自身の信頼性を証明している。
そこでヨーロッパ人の遺伝子から血縁関係を調べると、七つのクラスターに分けることが出来るという。そしてそれらと、世界中の血縁関係をさらに辿っていくと、アフリカにおいて全ての血縁が統合される。それが有名なミトコンドリア・イヴとなる。
これらの血縁関係分析は、ミトコンドリアDNAとは反対に父親からの未受け継がれるY染色体を元にした分析によっても支持されている。つまり地球上の全てのホモ・サピエンスは(おそらく)アフリカから発したものであり、全世界で同時に並行進化したモノではない、という結論が得られる。
グレッグ・イーガンの「祈りの海」に収録されている「ミトコンドリア・イヴ」はおそらく、と言うか確実にこれらの研究結果を基にしていると思われる。かなり面白い作品であり、これに関して背景知識を得られたのはとても嬉しい。と思って読み返そうと思ったら人に貸したままだった。
確かこの作品では、ミトコンドリアの分析もY染色体の分析も間違いが多く、平行進化が正しい、みたいな結論だったと思うけど、実際のところどちらが支持されているんだろうかというのは、多少興味がある。関係ないけどY染色体アダムという語感のちょっと抜けた感じは実に大好きです。
生物は中学以降一度も勉強したことがないんですが、こういうのとか読むと面白いそうだなあと思う。で、昔高校の時の物理か数学の先生(どっちか忘れた)に、生物は大事なんだよー、みたいなことをいわれたことがあったのを思い出した。そのときは流したけど、最近はやっぱり大事なのかなあという気になったりする。
全然関係ないけどポリネシアの話を読んでいたら、「占星師アフサンの遠見鏡」の「河」のイメージがようやく掴めた。
それはともかく文庫高いです勘弁してください。四冊で三千円超えるとレジでちょっとシマッタ気分になる。