2006年12月19日

最近読んだ本

□冲方丁「マルドゥック・ヴェロシティ」
「マルドゥック・スクランブル」の続編、というか前日譚であり前作で主人公に立ちはだかった強敵であるボイルドの物語。ボイルドとウフコックたちが「楽園」でどうやって生まれ、そして離れたのか。マルドゥック-09はどうやって誕生したのか。クリストファー教授はどういう人間だったのか。そして何故ウフコックとボイルドは離れることになるのか。等、「スクランブル」では明かされなかった、あるいは断片的にしか述べられなかった話が語られている。
「スクランブル」がルーン・バロットのマルドゥックの階梯を底辺から這い上がっていく話だとすれば、既に提示されている結末からわかるように、ボイルドがただ階梯を降り続ける話になっている。終わりをどう思うかにもそれはよるが、なんにせよ非常に陰惨な話であることは間違えなく、「スクランブル」のあのカジノシーンに象徴されるような爽快感はせいぜい一巻の終わりの方までしかなく、あとはただ予定された悲劇的結末へと落ちていってしまう。読んでいて楽しい気分になるわけではないが、それでも一気に読んでしまったのはやはり面白いからだと思う。
「スクランブル」のアニメの情報は八月以降続報がないようだけど、どうなっているんだろう。

□マイクル・ムアコック「夢盗人の娘」
ついに来た、本邦初訳のエルリック・サーガ。タイトルにもあるように「真珠の砦」に出てきた夢盗人のウーナとエルリックの娘がでてくる。
ただ、今巻がこれまでの作品と大きく違うのは、舞台が現実世界の、しかも二次大戦期のドイツになっている事である。主人公はエルリックのこの世界における分身であり、おそらく子孫でもあるウルリック・フォン・ベックと、エルリックが直接の主人公ではなくなっている。「薔薇の復讐」で既にかなりそうだったが、法と混沌と天秤、剣と聖杯、多元宇宙、という永遠の戦士シリーズにおける中心的な設定を使って現実世界をも内包させようという試みに思える。実際思弁的な色もかなり強く、前巻まで及びその他のシリーズの思想を昇華させたような内容になっている。
じゃあ話はどうなのかというと、面白くなくはない。聖杯と黒い剣を求めるナチスの手先であるゲイナー(また出たよ)がそれらを管理する家系のウルリックに迫る。という出だしから始まり、地下王国への逃走などある種俗悪とも言える題材を使いつつ重厚な描写と話の飛躍で面白いんだか面白くないんだかよくわからん作品になっている。ただ最後は圧巻。
興味深かったのは、ウルリックというエルリックに似ながらも現代的であるキャラクターの視点を通すことで、エルリックの性格が非常に客観視されているのが面白かった。似ているからこそ際だつ差異が明確に示されている。

で、次の巻は「スクレイリングの樹」なんですが、帯に予告が載ってた。


夫ウルリックが何者かに誘拐された! ウーナは魔術を駆使して夫の後を追い、大渦巻きをくだってインディアンの英雄ハイアワサとともに全多元宇宙の源であるスクレイリングの樹を目指すが!?

おもわず読むのをためらってしまいそうな予告だ。
読むけど。


□「冷たい方程式」
五十年代前半から中盤あたりの短篇を纏めたSF短編集。年代の割に暗めの話が多かったが、良作揃いのいい短編集だった。特に表題作は素晴らしい。

□マイク・レズニック「アイボリー」
どれを読んでも外れのないマイク・レズニックということで、この作品もやはり面白かった。個人的な印象では、マイク・レズニックのなかでも一位二位を争う面白さだった。
キリマンジャロ・エレファントという超巨大な象牙を巡る物語。遙かな未来に生きる最後のマサイ族はその象牙を求め、<調査局>の人間にその捜索を依頼する。象牙はいったいどこにあるのか、なぜ彼は象牙を求めるのか、という疑問の中から象牙の歩んだ八千年に渡る道のりとそこに関わった人間たちの無数のドラマが浮かび上がってくる。そして象牙の歴史の現在と始まりに主人公がたどり着いたとき、マサイ族の宿命が明らかになる。
マイク・レズニックの物語は寄る辺なき人間が、居るべき場所、成すべき事などを見つける物語が多いような気がする。だから、なのかはわからないけど、どれも非常に完成度が高い。物語は本の中で綺麗に完結している。読後感も良い。それでいて読んだらああ面白かったで投げられるようなこともなく強く印象に残り、考えさせられる。エンターテイメントSFの理想のような小説だと思う。
今書店で容易に手にはいるのが「キリンヤガ」だけ、というのは残念に思う。