2006年12月28日

最近読んだ本

□K.H.シェール「地球人捕虜収容所」
もしかしたら初めて読んだかも知れないドイツSF。
ドイツSFといえばみんな知っている作品として世界最長の小説として有名な「宇宙英雄ペリー・ローダン」があるわけですが、さすがに翻訳済みのものだけで330巻に及ぶ小説など読む気は起こらず手はつけてません。一巻ぐらいは読んでおくかという気もするんですが、その程度で。どうでもいいけど、ペリー・ローダンとグイン・サーガは近刊以外は本屋の棚からなくなって欲しいと割と本気で思う。あのスペースがあれば、もっといろんな作品が入るのになあと。
売れてるんだろうから、なくなることはないだろうけど。

地球人とグリーンズと呼ばれる異性生物が戦争をしている未来の話。捕虜を取らないと言われていたグリーンズが実は捕虜収容所を持っていたことが、二人の脱走した地球人の話によって判明する。また、その捕虜収容所では、グリーンズが地球に対して優位にたつ原因となる装置の原料が産出されていた。グリーンズの謀略を逆手に取り捕虜を解放し、戦争を終わらせるために、優秀な諜報員であるブーン大佐が派遣される。
という感じの話。
面白かった。特に目新しさがあるわけでもなく、なにか秀逸な要素があるというわけではないけど、文章は映像的で読みやすく話も良くできている。派手ではないが、押さえるところは押さえて盛り上がらせている。登場人物の名前もドイツっぽくて素敵。ネッチンガーとか。
他にどんな作品を書いているのかと思って検索したら、どうもまさしく「ペリー・ローダン」シリーズの発起人のようです。うーん。結構面白いのかもなあ。
というか面白くなかったら、ここまで続かないし、翻訳もされないだろうし。でもいまさら手を出す気にはやっぱりなれないなあ。

□グレッグ・イーガン「ひとりっ子」
気が付いたら出ていたイーガンの新刊短編集。全然チェックしていなかったのでビックリした。しかしイーガンの新刊が読めるというのは嬉しいことです。
本巻では人間の精神活動と、量子力学の多世界解釈におけるアイデンティティの問題という二つを柱に短篇を構成しているように思われた。「行動原理」から「二人の距離」が前者、「オラクル」「ひとりっ子」が後者、という感じで。
前者の諸作品は個人的にはかなり怖い作品に思えた。傾向としては「適切な愛」や「しあわせの理由」での考え方をより推し進めたような内容であり、人間の意識を主人公の思考や行動を通して冷徹に解剖し、その神秘性を徹底的に解体している。「ルミナス」では論理すらも、絶対ではないと示される。これまでの作品では通常の考え方を否定した上で、アイデンティティを認めるというものが多いのですが、むしろアイデンティティを否定して終わるものが多く思われました。これは作者自体の傾向なのか、編集者の意図なのかはわかりませんが。あ、作品の順番はもの凄く良く考えられていると思った。
後者の多世界解釈の奴なんですが「オラクル」は正直ちょっとよくわからなかった。今度またちゃんと読んでみようと思う。「ひとりっ子」は前SFマガジンで読んだときどう思ったのか覚えていないんだけど、傑作だと思う。僕の中では祈りの海にならぶ。読みやすいというのも勿論あるけど。多世界解釈にアイデンティティの危機を覚えるというのはいかにも偏執狂的ではあるけど、この先の物理学の進展によっては、現実的問題になることもあるのかな。もしそうなっても偏執狂的であることには変わらないけど。

次出るのは奇想コレクションの「TAP」か。
いつ頃になるのかわからないけど楽しみ。

□チャールズ・ストルス「シンギュラリティ・スカイ」
そういえばイーガン読むようになった頃から、最近のSFも大分読むようになったなあ。まえは古い方が多かったのですが。つーわけで、近年英国SFで話題らしいチャールズ・ストロスの処女作です。技術的特異点(シンギュラリティ)を主題にしたかなり意欲的なSF。

21世紀に突如誕生した超AIエシャントンにより人類の九割が銀河各地の植民惑星に強制移住させられたシンギュラリティ後の宇宙。技術の発展を否定し、19世紀のような社会を作っている新共和国の辺境惑星に、物語と引き替えに、どんな願いをも叶えるフェスティバルが現れる。辺境惑星は大混乱に陥り、それを侵略行為と認めた新共和国皇帝は攻撃艦隊を派遣する。

無茶苦茶面白い。とにかくいろんな要素を高密度に詰め込み、これぞ最新のスペースオペラだという作品に仕上がっている。量子もつれを利用した超高速通信、因果律侵犯をする宇宙艦隊、後進国家の革命組織から、バーバ・ヤガーの小屋まで、ありとあらゆる分野の要素が渾然一体となりめまいのするほどきらびやかな世界が作られている。素晴らしい、きっとここには電話消毒係も居るのではないかと思う。そして勿論主題となるシンギュラリティも、かなり綿密に描かれている。宇宙自体はシンギュラリティ後だが、舞台となる新共和国自体は実質シンギュラリティ前の社会となっている。そして主人公たちや、周辺国家及びフェスティバル周辺のシンギュラリティ後の社会を対比させ、さらに辺境惑星でフェスティバルによって局所的シンギュラリティを起こすことで、シンギュラリティとは一体どう行った意味を持ち、どういう現象を起こすのかと言うことを真っ正面から扱っている。とにかく圧巻。もちろん攻撃艦隊のエシャントンの目を盗むような因果律侵犯や主人公の活躍なども面白いは面白いんですが。
そういえばエシャントンが因果律侵犯を絶対的に禁止する辺りの話を読んでいて、小林泰三の短編集「海を見る人」に収録されている「門」とちょっと関わりがありそうだなと思った。どうでしょう。

というわけでとても良かったので、高速で出たばかりの「アイアン・サンライズ」を入手。
読むのが楽しみ。