2007年06月25日

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「正義とは……!!」


「電脳フォイル」というのを考えた。元ネタはそれぞれそのまま。ひねり無し。
なんかこう、ヤサコが山の中で迷子になるわけですよ。夜になって帰る道もわからず山道に一人しゃがんで途方に暮れていると、向こうから車の光が見える。街まで乗せていってもらおうと手を振るけど、車は無視していってしまう。もうヤサコは怒り心頭、ぶち切れデスよ。あ、車はなんか高級車。ベンツとか。
で、ぶち切れヤサコはベンツのファック野郎め! とか叫びながら山道を走り出すと、まあ夜明けぐらいになんとか人家を発見するんですが、そこがメガ婆の家で、休ませてもらっている間にいつの間にか科学的な電脳探偵団に入れられてしまう。実に科学的です。んで顔にNOMADと科学的な電脳入れ墨を入れられてそれでもうまたヤサコは腹を立ててメガ婆の電脳メガネを奪うとベンツに復讐をするためにメガシ屋を飛び出して行くんですが、街にあるベンツを片端から壊して廻っていると警官に見つかって留置所に入れられた彼女はそこで街で言わしてるイサコにであって、なんか色々ある内にキラバグを手に入れてお金持ちになったヤサコは身分とか過去を偽って学校に転校して、社交的な変わり者として受け入れられるわけですが、そろそろ話が思い出せないので途中を省略するとベンツに乗っていたのはイリーガルでそれは電脳世界を破壊できる恐ろしいもので、まあ偉い人が管理していたのを(光線が襲いかかる)宇宙帰りのユウコがみんなにばらまいて、
「おれは虎になり果てるまでは民衆の一員だった。おれのようにたたきのめされて目覚めさせられれば誰だって凡人ではなくなることができる」
メガシ屋に戻って終わり。

□電脳コイル 第7話
イサコ


今の時期にまだ、長袖長ズボン+羽毛布団で窓も開けず冷房も使わないで寝ているのは、僕ぐらいかは知らないけどあんまりいないに違いない! 結構快適に寝られますよ。時々床の上で目が覚めるけど。


朝日ソノラマがなくなるというニュースを見た。それ自体に思い入れはそれほど無いけど、Dがかなり好きだったので、なんとーも云えない気分になる。いや、D自体は朝日新聞社に引き継がれるようですが。
Dなあ。北海魔行ぐらいまでは今でも良かったなーと思う。天野義孝の初期の絵は凄かったなあとか。今のも凄いんだけど、まあ、凄さの方向性が全然違うし。薔薇姫とかもわりと。でも蒼白き堕天使とかほんともうアレだし。邪王星団の最後は良かったのでオッ、とか思ったけど、結局妖兵街道で諦めてしまった。なんかもう、小説を頑張って読むなんてなあと思った。
昨日電車に乗ったとき前の人がDのどれかの小説を読んでいた。ページの下の方に空白が多かったので、ここにイラスト入れてくれないかなあとか思ったのです。

しかし今サイトでソノラマ文庫の装丁を見ていると、古きライトノベルの香りがした。長期シリーズが多すぎるのかなあ。


高度に進化した丹野忍は末弥純と見分けがつかない。
いや、注意していればそんなこともないのだけれども。つい。


白いデザインのニ画のプレミアムを登録してみる。クレジットでやろうとしたら、対応していなかったので止めようかと思ったのだけれども、まあ、うん。とりあえず代替手段のウェブマネーを購入して登録してみました。90日チケットを、怒りにまかせて購入。
おお、クソ重い改造マリオワールドを友人にが夜でも快適! とか思ったけど、特に見るものもなかった。そんなことはない。

それはともかく、YouTUBEに比べてユーザの作っているコンテンツが圧倒的に多い気がする。や、つまらない動画がコメントで面白くなった! という話ではなく、動画自体のはなし。もちろんクソも味噌もあるし、そのまんまコンテンツが人気あるのも確かだけど、上位にオリジナルな作品が来ることの方が多いというのは、結構凄いよなあとおもう。
オリジナルといっても元ネタをいじって、というのが多いけど、法的にどうかは知らないが、僕はそれでオッケーなのではないかと思う。

なんというか、コメントが制作者のモチベーションになっているんだろうなあ、というのを見ると何となく嬉しい気分になる。つもりである。


デジタルカメラを買いました。
AmazonでFinePixF31fdが二万ちょっとで安売られていたのでスパタばりにポチッとしてしまったら、一週間後ぐらいに届きました。よく考えてみれば、大学入学時から欲しかったので、実に五年越しの思いが叶ったわけです。
でもまあ予想通り取る物もないのでまだ記録媒体すら買っていないという状況です。とりあえず持ち歩くところから始めるか。XD安くあれ。


アニメ「ぼくらの」の監督がブログで原作嫌いです宣言をしているというのを見て、なにこれ、誰かの捏造と思ったら、ほんとうにしていて、なにいってんのー!! とか思った。で、本文を見てみたらまあ、子供たちの死に行く運命を作者が肯定してしまっているかのように感じられる点とかを嫌悪するというのはわからんでも無いんですが、もうちょっと言い方変えるとか、言わないとか選択肢があったのではと思ったんですが、まあ原作が好きとはいえ見てないアニメなんでどうでも良いと言えばどうでも良い。

作者が肯定している云々に関しては、そうなんあかなあと疑問。ああいう状況に置かれたなら本人も周りの人間も肯定的に考えるしかないのではないかと思う。そこに至るまでの過程はともかく、最終的には。まあ確かにカコ以外がそういう風に考えられているというのは凄いとは思うけど。
というわけでどちらかというとああいう状況を設定した作者の意地の悪さというのは、確かにそうだとは思うけど、それ以上はどうなんだろうしらん。

と思ったけど、なるたるのも考えるとそうなんだろうなあ。